●7月7日の礼拝メッセージ要旨(マタイ20:1~16)

 イエス様が、天の御国は、労務者たちを雇ったぶどう園の主人のようなものであるとして説明しています。ぶどう園の主人が早朝、朝9時、12時、午後3時、5時、それぞれに人を雇い、午後6時に皆同じ1デナリづつ、しかも、午後5時から雇った人から給金を支払います。これは、この世の道理から見れば不公平と言えますが、ここでは天の御国についての説明です。例えば、人生の晩年においてイエス様に出会い、救いを受けた人の場合は、午後5時に雇われた人のようです。永遠のいのちに与るということは、早いとか遅いに関係なく同じ恵みを受けるべきでしょう。
   永遠のいのち、天の御国というのは、13節にあるように、気前の良いぶどう園の主人のようなものです。そもそも教会は天の御国の地上の支店のようなものですから、教会は天の御国を証ししていかねばなりません。特に外に向かって福音を伝えていくとき、案外、それを補う環境が大きな影響を及ぼすものです。震災後、多くのクリスチャンボランティアの方が被災地に来られ、無償で家屋修繕とか泥だしとか、物資の配給、あるいはコンサートの無料提供などをしました。そういった活動を通して福音に触れ、イエス様に出会った人もいますし、震災前には考えられなかったほどに、クリスチャンと良い関係を持っている方が多くいます。当教会も震災前に比べて、教会として同地域の被災地の方々に少しは認知されるようになったと思います。教会とは、クリスチャン一人一人でもありますから、それぞれが遣わされたところで、天国を証ししていくことです。
   16節では、「あとの者が先になり、先の者があとになる。」とありますが、イエス様の救いに与った者が、最初のうちは、感謝感激で、喜びが湧きかえっているのですが、時が経過すると、次第に感動を忘れてしまう、そんなことにならないように、最初の恵みを忘れることなく、むしろ、この気前の良いぶどう園の主人のように神の国を証しする者でありたいと思います。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です