●7月28日の礼拝メッセージ要旨(マタイ21:12~22)

 イエス様が宮きよめをされた記事、いちじくの木を枯らしてしまう記事からポイントを三つあげて学びましょう。
  ①宮きよめ…ゼカリヤ9:9では「柔和」であると預言されていたはずのイエス様が、ここでは一転して、宮の中で両替人や鳩を売る者たちの商売道具などを倒すなど荒々しい姿勢を示されます。本来は、礼拝の場所である神殿が、強盗の巣と化してしまっている現状に対して、イエス様は見過ごすことはしませんでした。しかも、ここで、誰の手も借りることなく、たったお一人で、悪に立ち向かわれました。「あなたは義を愛し、悪を憎んだ。それゆえ神よ。あなたの神は喜びの油をあなたのともがらにまして、あなたにそそがれた。(詩篇45:7)」とあります。私たちも、義を愛し、悪を憎む。たった一人でも悪に対して立ち向かう者でありたいと思います。
  ②わたしの家は祈りの家と呼ばれる…当時の神殿もそうであるように、今日の教会も「祈りの家」と呼ばれるべきです。先日、当教会で行われたオペレーションセイフ(キッズクラブ)で中心的に復唱されていたみことばは「主は、ご自分の羽で、あなたをおおわれる。あなたは、その翼の下に身を避ける。主の真実は大盾であり、とりでである。(詩篇92:4)」でした。イエス様を信じる者に対して、主がその人を守って下さる。最終的には、永遠の住まいへと導かれる。それは、イエス様の十字架の救いのゆえです。その救いに与るためには主の御名(イエス様)を呼び求める(ローマ10:13)ことです。教会で、もちろん個人ででも、主を呼び求め、ますます祈る者となりましょう。
  ③いちじくの木…イエス様は、実を成らせていないイチジクの木を枯らされました。それは、うわべだけで中身のない当時のユダヤ教の指導者たちの結末をイチジクの木によって実物教育をしたのでしょう。バプテスマのヨハネもマタイ3:10で「斧もすでに木の根元に置かれています。だから、良い実を結ばない木は、みな切り倒されて、火に投げ込まれます。」と言っています。良い実を結ぶとは、主の栄光を現わすことです。主のみこころに従うことです。

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