●12月8日の礼拝メッセージ要旨(マタイ26:14~29)

 「過ぎ越しの食事」という題でポイントを三つあげて学びましょう。
  ①食卓の備え…弟子たちはイエス様に過ぎ越しの食事をどこでしたらよいのかと尋ねます。イエス様は、全能の神の権威において、場所を備えました。マタイ21章で、ロバの子に乗られたときも、イエス様はロバを用意させました。創世記22章でアブラハムがイサクをささげようとしたとき、一頭の雄羊が備えられていました。「主の山の上には備えがある。(創世記22:14)」とあるように、今日も、主のみこころに従っていくとき、必要な備えがあるのです。
  ②ユダの裏切り…なぜユダはイエス様を裏切ったのでしょう。このことを理解するのは困難です。全てのことをお見通しのイエス様がなぜユダを選んだのか。ユダからすれば、完全なリーダーであるイエス様になぜ不満を持つのか。新約では12使徒、旧約ではイスラエル12部族が出てきます。12使徒はイスカリオテ・ユダの代わりにマッテヤ(使徒1:26)が加わります。12部族ではダン族が消え、マナセ族(黙示録7:6)が加わっています。マタイ5:48には「天の父が完全なように完全でありなさい。」とありますが、私たちの人生は、毎日毎日、不完全で欠けだらけではないでしょうか。でも、私たちは、その不完全さを受け入れながらも、完全であるイエス様に祈り願い、助けていただきましょう。
  ③過ぎ越しの食事…過ぎ越しの祭りは、かつて、出エジプトのとき、イスラエル人が家の門柱とかもいに傷の無い一歳の雄羊の血を塗ったことにより、神の怒りがその家を過ぎ越したことから、そのことを覚えるために守られてきた祭りです。それは、今日のイエス様の十字架の予表でもあります。裂かれたパンはイエス様のからだ、杯はイエス様が流された血です。イエス様を信じ受け入れる人には、神の怒りが過ぎ越し、罪赦され、神の子とされ、永遠のいのちが約束されています。マタイ26:29でイエス様は、やがて父の御国でも飲食するということを言われています。ヘブル12:22には「天の大祝会」のことが記されています。今、私たちは、イエス・キリストにあって神の民として、この地上で天国の霊的な豊かさ、聖さ、優しさ、誠実さ、そういったものを人々に証ししていきましょう。

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