●2015年1月4日礼拝メッセージ要旨(マルコ11:1~11)

   イエス様がロバの子に乗って、エルサレム入城した記事からポイントを三つあげて学びましょう。
   ①主がお入り用なのです。主は、エリコからエルサレムに向かって進み、ベテパゲとベタニヤに近づいたとき、二人の弟子を使いに出して、ロバの子を引いてくるようにと命じました。「なぜそんなことをするのか」という人がいたら、「主がお入り用なのです。」と言うように、と言われます。実際にその通りになって、ロバの子をイエス様のもとに引いてきました。そのロバの子は、エルサレムに入城するイエス様をお乗せするという主の御用に役立ったわけです。第一コリント12章には、神が一人一人に色々な賜物を与えてくださっているということ。また、教会は、一人の人間の体のように、様々な器官によって成り立ち、支え合っている。それぞれに無くてはならない存在であって、弱いとされる器官却って、なくてはならないものである、と教えています。教会に所属する私たち一人一人は、主の御用のために召されていることを覚え、「主よ。私をあなたの御用のためにお用いください。私のなすべきことをお示しください。」と祈りましょう。
   ②主をお乗せした子ロバ…子ロバが背にイエス様をお乗せした直後、多くの人々に大歓迎を受けます。子ロバが通る道に、人々は上着を敷いたり、木の枝を敷きます。しかし、それは、子ロバを歓迎しているのではなく、乗っておられるイエス様に対するものです。ちょうど子ロバがイエス様をお乗せしたように、私たちもイエス様と共に歩むならば、光栄を受けます。詩篇34:5には「彼らが主を仰ぎ見ると、彼らは輝いた。」とあります。いつも主から目を離すことなく、主に信頼し、従ってまいりましょう。
   ③「ホサナ」と「十字架」…イエス様がロバの子に乗られたのは、ゼカリヤ9:9の預言の成就でもあります。ホサナとは「どうぞ救ってください。」という意味で、多くの人々が「ホサナ。ホサナ。」と叫んでいるのですが、この数日後、イエス様は、この「ホサナ」とは全く違う「十字架につけろ」という言葉を聞くことになります。マルコ15:11を見ますと、祭司長たちが群集を扇動して、そう言わせたのです。そう言わせた祭司長たちにも問題はありますが、そういった扇動に単純に乗ってしまうことも問題です。今日も、この世の中には、人々を扇動して誤った方向に向かわせようとする様々な団体があります。何が真実で、何が誤っているか、世が複雑化し、益々真実が見えなくなっている時代に、必要なことは、聖書のみことばに親しみ、聖書から知恵を得てイエス様に似た者になることを目標として、深い洞察力を養い、悪の力に惑わされないようにしましょう。

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