●3月23日礼拝メッセージ要旨(マルコ14:1~16)

  一人の女がイエス様に香油を注いだ記事、また、過ぎ越しの用意をした記事から、ポイントを3つあげて学びましょう。
   ①過ぎ越しの祭…イスラエル人が守るべき年三度の祭は、過ぎ越しの祭、初穂の刈り入れの祭、仮庵の祭です。過ぎ越しの祭は、エジプトで奴隷になっていたイスラエル人が小羊の血によって、神の怒りが過ぎ越し、その出来事を機にエジプトから解放されたことを記念とする行事です。それは、今日のイエス・キリストの十字架による救いを予表(暗示)しています。ちょうど、過ぎ越しの祭とキリストの十字架の出来事の時期は重なりました。初穂の刈り入れの祭は、麦の初穂を神にささげるもので、それは、この世界が創造主である神によって造られ、人は神によって生かされているということを覚え、初穂を神に捧げることを通して、神を第一にするという意味を持っています。仮庵の祭は、出エジプト後、天幕生活をした苦しい時期を忘れないための行事ですが、同時に、全ての人は、この地上にあっては、一時的な仮の住まいに住んでいるのであって、むしろ、永遠に目を向け、天の御国を覚えなければなりません。
   ②ナルドの香油…一人の女が高価なナルドの香油をイエス様に注ぎました。それを見た弟子たちは、売れば300デナリになるのにと憤慨しました。300デナリ、1デナリが一日分の労賃ですから、正に一人分の年収ほどの価値があったのでしょう。しかし、それは、埋葬の用意にと、女は自分にできることをしたのです。このことは今日の私たちに、力の入れどころを教えています。もちろん、適切な節約も必要ですが、天に宝を積むために本当に価値あることにお金や時間を使いたいものです。 
   ③二階の広間…イエス様がエルサレム入城したとき、ロバの子が用意されていましたが、このとき、過ぎ越しの食事の場所も備えられていました。私たちの現実生活においても、主は色々と備えてくださいます。3.11大震災当夜、私は自家発電、自家給水の備えられた区役所にお世話になりました。次の四日間は小学校の避難所、その次は親戚のマンション、そして、7帖一間のアパート、そのあとに現在の教会としているシャンテが備えられました。さらに、昨年新会堂用地が与えられ、現在、建物を建てようとしていますが、若干、難航しています。でも、主は最善に導いてくださるでしょう。アブラハムがイサクをささげようとしたとき、主が寸前に止められ、一頭の雄羊を備えておられました。主の山の上には備えがある(創世記22:14)のです。

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