●5月15日礼拝メッセージ(ルカ11:14~26)

   ルカ11:14~26から「霊の世界」という題で、ポイントを三つあげて学びましょう。
   ①霊の存在…キリストが、ある人から悪霊を追い出していると、ある人々は「彼は悪霊どものかしらであるベルゼブルによって悪霊を追い出している。」と、批判しました。するとキリストは、「どんな国でも分裂したら立ち行かない。サタンがサタンを追い出すことなどありえない。」ということを言われました。そもそも、現代における世の一般常識においては、この世界に悪霊というものの存在を認めていないでしょう。ところが、新約聖書の四つの福音書では、キリストが悪霊を追い出している場面が頻繁に見られます。悪霊など存在しないならば、聖書が間違っていると言わざるを得ませんが、聖書が正しいとすれば、これをどのように受け止めればよいのでしょうか。毎日のように、殺人事件のニュースを耳にします。最近は、余程でないと事件を大きく取り扱うことがなくなりました。加害者の動機が理解しがたい事件が多くなりました。ごく普通の人間であるはずの人がなぜそんなことまでするのか、何の得があると言うのか、と誰もが考えるでしょう。そういった個人が引き起こす事件の他に、大がかりに組織的に行なわれるものもあります。正に、狂気の沙汰と言わざるを得ないでしょう。聖書は、初めから、その背後にあって働く悪霊の存在を指摘しています。エペソ6:12には「私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。」とあります。私たちは、人間の力を超えた敵対する霊の存在を認め、そこに焦点を当てていくべきなのです。
   ②霊的世界の構造と法則…悪霊どもは、勝手に人の心の中に入ってくるということはありません。その人が悪霊に対して心を開くとき、侵入してきます。悪霊に対して心を開くとはどういうことでしょう。悪霊が心の中に侵入してくる窓口がガラテヤ5:19~21にあると言えるでしょう。不品行、汚れ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、等々、人が罪を犯すとき、そこに悪霊の侵入口が開くのです。ですから、私たちは、むしろ、聖霊にたいして心をひらき、心の中を聖霊で支配していただきましょう。聖霊が支配する人の心は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制(ガラテヤ5:22~23)があります。
   ③心の家を留守にするな…アメリカの某大学で長年「しあわせ」についての研究がされました。人はどういう場合に幸せを感じるか。答えは単純明快、「良い人間関係を保つこと」なんだそうです。また、良い人間関係を維持するためには、相手に対して柔軟性を持つことなのだそうです。心を聖霊で支配していただき、聖霊の力によって、寛容な心、柔軟な心が与えられるでしょう。昔、五旬節の日、待ち望み祈っていた人々に聖霊が降ったように、今日、教会が主に祈り求め、聖霊に満たされ、聖霊に遣わされてキリストの証人とされましょう。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です