●11月20日礼拝メッセージ要旨(ルカ20:1~26)

 「ぶどう園の主人」という題でポイントを3つあげて学びましょう。
  ①何の権威によって…キリストが宮で民衆に教えておられると、祭司長、律法学者たちが「何の権威によって、これらのことをしておられるのですか。~」と質問します。それに対してキリストは、「ヨハネのバプテスマは天から来たのですか。人から出たのですか。」と逆に質問します。「天から」と言えば、ヨハネに従わなかったことを責められるし、「人から」と言えば民衆が黙っていません。そこで「分かりません。」と答えるとキリストも「わたしも何の権威によってこれらのことをするのか、あなたがたに話すまい。」と言われました。本来ならば、祭司長や律法学者たちは神に最も近い人たちのはずです。神のもとから来られた神のひとり子イエス様が、宮で教えておられるならば、自分たちが率先して、その教えに耳を傾けるべきなのに、結局、彼らは神から遠く離れていたのです。エペソ6:1には「子どもたちよ。主にあって両親に従いなさい。」とあります。最高権威者である天の父なる神の許しの下に親子関係があります。子が親に従うことは正しいことですが、それは「主にあって」です。もし、親に従うことが、天の神様の前に罪を犯すことになるのなら、親に従うべきではないでしょう。イエス様は天においても地においてもいっさいの権威をお持ちです(マタイ28:18)。真の神を信じる者は、このキリストの権威を第一にして歩んでいくべきです。
  ②ぶどう園の主人…ある人がぶどう園を農夫たちに貸し、収穫の分け前を受け取ろうと、しもべたちを遣わしましたが、しもべたちは農夫たちに追い返されました。そこで、自分の息子を遣わすと息子は農夫たちに殺されてしまいました。キリストは、このたとえから詩篇118:22のみことばを引用し「家を建てる者たちの見捨てた石が礎の石になった。」と言われました。やがて、十字架で殺されるキリストによって、救いが全世界にもたらされるのです。今、私たちは、この救いを喜び、証しするつとめがあるのです。
  ③カイザルのものはカイザルに…祭司長たちは義人を装った間者を送り、キリストに「カイザルに税金を納めることは律法にかなっているでしょうか。」と言わせました。それに対してキリストは「カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい。」と答えました。すると彼らはお答えに驚嘆して黙ってしまいました。今日、私たちは、この世の定めに従い、税金も支払い、そして、創世記4章でアベルが羊の初子の中から、それも最上のものを持ってきて主にささげものをしたように、真の神に最上のものをささげましょう。イエス・キリストの父なる神は、今も後も永遠に生きておられ、信じる者に祝福を与えようと待っておられます。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です