●2017.1.1礼拝メッセージ要旨(第二テモテ4:1~8)

   「時が良くても悪くても」という題で、ポイントを三つあげて新年へのメッセージとしましょう。
   ①私たち(教会)の使命…毎年大晦日恒例のNHK紅白歌合戦で、あるベテランの男性歌手が演歌を歌っていました。その歌詞の中に「一度しかない人生、命燃やして生きる」という一節がありました。私たちも命燃やして生きたいと思いますが、何に対して命を燃やすか、ということは非常に大事なことです。このテモテの手紙を書いたパウロは、最初、キリスト者を迫害することに情熱を傾けていました。キリスト者を捕えるためにエルサレムからダマスコに行く途上で、聖霊なるキリストに出会い、逆に今度はキリストの福音を宣べ伝える者に変えられました。4節で「真理から耳をそむけ、空想話にそれて行くような時代になる」とありますが、昨今の世の風潮は、正にそんな感じです。ポストモダンという言葉は、既定の枠にとらわれない生き方という意味で使われているようですが、道徳や常識を外れた生き方がカッコイイ、スマートな生き方であると思うのは大いなる錯覚で、結局、聖書のことばから外れた生き方は、回りに害を及ぼし、自分自身を苦しめるだけです。「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる(マタイ4:4)」のです。教会(私たち)の使命は聖書のみことばをこの世に満たすことであり、さらに、そのみことばによって、一人一人のキリスト者が整えられていくことです。
   ②福音の伝え方…のどが渇いている人には水が必要です。空腹な人には食べ物が必要です。一人一人を尊重し、そのニーズを知り、その上で、寛容と謙遜をもって、その人に福音を届けたいと思います。
   ③走るべき道のりを走る…陸上競技のリレーのように、教会の働きについても、今、それを担っている人が次の世代に引き継いでいかねばなりません。イスラエルの初代王サウルは、すっかり勘違いし、自分に与えられた王座にしがみつくことしか考えませんでした。そのため、彼は、自分の地位を脅かす存在と思えたダビデの命を狙うことが人生の目標になってしまいました。私たちは、人に褒められたり、有名になったりということではなく、それぞれ、自分に与えられた使命は何か、神の栄光を現わすために自分に何が出来るのか。また、自分が接する回りの人々が真の意味での幸いを得るために何をすべきか。そういうところに視点を置いて歩んでいきたいと思います。でも、そうすることが、結局、自分自身が幸いを得、天から大いなる祝福を受けるのです。

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