●4月23日礼拝メッセージ要旨(ヨハネ2:13~25)

ヨハネ2:13~25から、「宮きよめ」という題でポイントを3つあげて学びましょう。
①宮きよめ…ヨハネの福音書で記されている「宮きよめ」は他の3つの福音書とは異なり、キリストの公生涯の初期に行なわれた時の宮きよめが記されているようです。本来あるべき神殿のあり方が曲げられ、そこが礼拝の場所としてではなく、商売の場所と化してしまったのです。いつも柔和で穏やかなキリストが、彼らの商売道具を倒したりしたとき、弟子たちは「あなたの家を思う熱心がわたしを食い尽くす。(詩篇69:9)」というみことばを思い出しました。つまり、神の前に正しく生きようとするとき、それは必ずしも人々から正当な評価を受けるとは限らないということです。特に、キリストは、礼拝の場所が軽んじられていたので、それは多くの人々の魂の救いに関わる重要な問題であるので、黙認することはできなかったのでしょう。
②からだの神殿…当時、エルサレムに建っていた神殿はヘロデ神殿と言われる第二神殿を大改修した立派な建物でした。改修するのに、それまで46年もかかっていました。キリストが宮きよめをしたあと、ユダヤ人たちは「あなたがこのようなことをするからには、どんなしるしを私たちに見せてくれるのですか。」と聞いたとき、キリストは「この神殿を壊したら、三日でそれを建てよう。」と答えられました。もちろん、それは、建築物のことではなく、からだの神殿を言われたのです。キリストは、私たちの罪の身代わりに十字架で死に、葬られて、三日目に死者から復活し、その後40日後に天に昇られ、父なる神の右の座に着座されました。さらにその10日後、すなわち復活後から50日後に、弟子たち120人が集まっているところに聖霊が降ったのです。その時以来、今日まで、イエス・キリストを信じ受け入れる一人一人の心の中に聖霊が宿り、その人の体が聖霊の宮となるのです。第一コリント6:19には「あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。」とあります。ですから、キリスト者の体はきよく保たれる必要があります。
③人のうちにあるもの…その後、キリストがしるしを行なわれると多くの人が信じました。しかし、キリストは、ご自身を彼らにお任せになりませんでした。人のうちにあるものを知っておられたからです。確かに、人間は良いところもあります。立派なこともします。しかし、全ての人間は聖なる神の前には罪人なのです。エレミヤ17:9には「人の心は何よりも陰険で、それは直らない。だれが、それを知ることができよう。」とあります。自分は陰険で罪人であると自覚することは、イエス・キリストの十字架救いを必要とすることであり、祝福の道への出発点なのです。

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