●10月8日礼拝メッセージ要旨(ヨハネ9:24~41)

ヨハネ9:24~41より「主よ。私は信じます。」という題でポイントを3つあげて学びましょう。
①ただ一つのことだけ知っています。…パリサイ人たちは、盲目だった人に「あなたの目はどのようにしてあいたのですか。」と、質問しますが、納得できず、そのあと、その人の両親を呼び寄せます。しかし、それでも納得できず、もう一度、盲目だった人を呼び寄せ、「私たちはあの人(キリスト)が罪人であることを知っている」と言ったので、彼は「ただ一つのことを知っています。私は盲目であったのに、今は見えるということです。」と答えました。「盲目だった人がキリストによって今は見える」、これ以上ない明確な証しです。以前、当教会(福田町時代)に、かつては天台宗の僧侶で今は牧師の松岡広和さんが来られました。また、元暴力団員で今は牧師の鈴木啓之さんも来られました。彼らの存在そのものが証しです。さて、盲目だった人ですが、パリサイ人たちが彼に再び「あの人は、どのようにして目をあけたのか」と質問すると、その人は、少々苛立ったのでしょう。「もうお話ししました。あなたがたもあの方の弟子になりたいのですか。」と答えたのを皮切りに、パリサイ人たちとの言い合いが始まり、結局、その盲目だった人はユダヤ人の会堂から追放されてしまいます。それはユダヤ人社会からの村八分を意味します。ですから、「ただ一つのことだけ知っています~」と、そこで終わっておけばよかったのかもしれません。今日、私たちの日常生活においても、血気を抑え、冷静に主の証しをするということから反れないようにしたいものです。
②主よ。私は信じます。…その人が会堂から追放されたことを聞いて、キリストは彼を見つけ出し、声を掛けられます。そして彼は「主よ。私は信じます。」と言って、キリストを信じるのです。創世記5章で、エノクが登場します。彼は65才でメトシェラを生み、300年間、神と共に歩み、死を見ることなく天に上げられました。エノクの信仰姿勢が変わったのはメトシェラが生まれた時でした。メトシェラの名前の意味は「彼が死ぬときそれが始まった」です。実際にメトシェラが死んだときにノアの大洪水が全世界に起こったのです。キリストを素直に信じ、従順に従う人にこの上ない祝福があるのです。 
③見えない者が見えるようになるため…パリサイ人たちは自分たちをモーセの弟子と自称し、聖書を十分知っていると思っていました。しかし、モーセを通して語られている真の神のひとり子イエス・キリストを目の前にして、その方を拒み、殺そうとまでしているのですから、結局、彼らは無知でした。ユダヤ教の優等生からキリストに回心したパウロが次のように言っています。「私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕えようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕えてくださったのです。(ピリピ3:12)」

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