●8月5日礼拝メッセージ要旨(使徒の働き1:12~26)

使徒の働き1:12~26から「初代教会誕生への備え」という題でポイントを3つあげます。
①心を合わせ、祈りに専念していた…キリストが命じたとおり、弟子たちは自分たちが泊まっているエルサレムの建物の屋上の間に上がって心を合わせ、祈りに専念していました。集まった人は11人の弟子の他に婦人たちとイエス様の母マリヤとイエス様の兄弟たちがいました。ヨハネ7:5には「兄弟たちもイエスを信じていなかった」とありますが、イエス様の弟たちは、30才で家を出て、長男の務めを放棄したと思えるイエス様に対して快く思っていなかったのでしょう。しかし、十字架と復活の一連の出来事を通して、イエス様が世の救い主として来られた神の御子であるということを心底信じたのでしょう。それは、弟たちだけではなく、カヤパの官邸で、キリストを「知らない」と三度も言ったペテロもそうですし、トマスもキリストの復活を当初、信じませんでした。その他の弟子たちも同じようなものだったでしょう。しかし、このとき、彼らはイエス・キリストを信じる信仰によって心一つになっていたのです。今日、キリストを信じる信仰によって心一つにされて、教会に集まって皆が祈るとき、それは正に教会の発電所、すなわち、エネルギー(聖霊の働き)の源となるのです。また、祈りは天に宝を積むことでもあります。
②イスカリオテ・ユダの脱落…イスカリオテ・ユダは、キリストによって確かに12弟子として任命を受けました(マルコ3:16)。それなのに、なぜユダは脱落したのでしょう。完全かつ完璧な指導者であるキリストの下でさえも脱落者が出たということは、現在、指導的立場に立つ人にとっては一つの慰めにはなるでしょうが、やはり、ここでおもに学ぶべきことは、選ばれた者に対する警告でしょう。せっかくキリストに直々に任命を受けながら、裏切ったユダの最期は実に悲惨なものでした。ヨハネ13:27では、ユダがキリストを裏切るとき、彼にサタンが入ったのです。キリストの側近くにいながら、イスカリオテ・ユダはキリストに心を閉ざし、むしろ悪魔に心を開いていたのでしょう。ヨハネ15:16によりますと、今日、私たちが選ばれたのは実を結び、祈りがかなえられるためです。慢心することなく、いつもキリストを慕い求めましょう。
③使徒職の補充…エペソ2:20には「あなたがたは使徒と預言者という土台の上に建てられており、キリスト・イエスご自身が、その礎石です。」とあります。聖霊が降臨して、初代教会が誕生しようとするとき、12人に一人欠けた使徒職の補充が必要だったのです。使徒、それはキリストの公生涯と十字架と復活の目撃者でなければなりませんでした。その有資格者はヨセフとマッテヤの二人でした。集まった人たちは、主に祈りつつ、くじ引きにより(箴言16:33)、マッテヤを選んだのでした。それは、人間的な思いよりも、主のみこころを優先したことの表れでもあります。

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