●3月3日礼拝メッセージ要旨(使徒の働き11:19~30)

「キリスト者と呼ばれる」という題でポイントを3つあげていきましょう。
①アンテオケ教会の誕生…使徒の働き10章では、ペテロがカイザリヤへ招かれ、異邦人たちに福音を語り、彼らが救われる様子が記されています。次の11章前半では、エルサレムのユダヤ人の弟子たちが、そのことに関してペテロを非難し、ペテロは順序立てて、事の次第を説明して、彼らの理解を得ます。さて、一方、アンテオケでは、それとは異なる形で異邦人に福音が伝わって行きます。ステパノ殉教以後、人々が諸地方に散らされて、このアンテオケでは、キプロス人とクレネ人の幾人かがギリシャ人に主イエスのことを宣べ伝え、大勢の人が主に立ち返りました。この時、当時の教会はユダヤ人宣教から異邦人宣教に切り替わる過渡期にあったと言えるでしょう。また、アンテオケでは無名の人々によって、自然発生的に福音が伝えられていきました。今日、私たちも、神の国建設の為に、人の評価など必要以上に気にすることなく、無私無欲で主に仕えてまいりましょう。
②バルナバの派遣…バルナバという人は懐の深い人だったと言えます。使徒の働き9章27節で、皆が恐れていたサウロを引き受けています。そのバルナバがアンテオケに来て、異邦人たちが主に立ち返ったことを見聞きして、それを素直に喜んでいます。そして、彼らに対して「心を堅く保って、常に主にとどまっているように」と励ましました。その結果、さらに救われる人が加えられました。その後、バルナバはタルソにいるはずのサウロを探して、アンテオケに連れて来て、一年間、そこで教えた、とあります。つまり、今後、世界宣教の拠点となるアンテオケ教会が、バルナバとサウロを中心とした講師陣によって、神学校のような役目を果たしたのです。前向き肯定的なバルナバのアイデアが大きく実を結んで行ったということでしょう。今日、私たちの教会も与えられている人材や能力を上手に結び付けて、より大きな神の働きにつなげていきたいと思います。
③救援の物…その頃、エルサレムから来たアガポという預言者が預言した通り、世界中に大ききんが起こりました。そのとき、アンテオケ教会では、ユダヤの兄弟達に救援の物を送ろうと決めました。アンテオケ教会もききんの影響を受けていたと思うのですが、自分たちよりも他者を支援しようとする姿勢は立派です。26節で「キリスト者(クリスチャン)」と呼ばれるようになるほど、アンテオケの弟子たちはキリストに似た者となっていたのでしょう。ヤコブ1:27には「父なる神の御前できよく汚れのない宗教は、孤児や、やもめたちが困っているときに世話をし、この世から自分をきよく守ることです。」とあります。また使徒の働き20:35には「受けるよりも与えるほうが幸いである」とあります。今後の課題として、当教会も社会的な貢献ができる他者に与える教会になっていきたいと願います。

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