●5月19日礼拝メッセージ要旨(使徒の働き15:1~21)

   「エルサレム会議」という題でポイントを4つあげます。
   ①エルサレム会議…イエス・キリストの救いの福音は、まずユダヤ人に伝えられ、それから全ての異邦人にも及ぶという神のご計画がありました。ユダヤ人から異邦人に福音宣教の対象が推移していく過程の中で、一つの問題が浮かび上がりました。それは、異邦人に割礼が必要か否かということです。この問題を討議するため、パウロとバルナバはエルサレムに行くことになりました。エルサレム教会に着くと、改めて、その問題のためにしっかりと議論して決着を着ける必要があることが分かり、使徒たち、長老たちを招集して会議をすることになりました。結果的には、「異邦人に割礼は必要ない」ということになりましたが、今日の私たちにも、この決議は有効です。会議と言うと、AD325年、小アジア(現トルコ)のニケアで開催されたニケア会議が有名です。このときは三位一体論についての会議でした。
   ②恵みによる救い…会議が始まると割礼派と割礼不要派との間に激しい論争がありました。その後、ペテロが、神によってカイザリヤに遣わされてコルネリオら異邦人たちが、自分たちユダヤ人たちと同じように聖霊の恵みに与ったことを証ししました。そして、救いは神の恵みによるものであり、異邦人たちに重荷を負わせてはいけない、すなわち、割礼を強要してはいけない、と語るのです。確かに、今日、救いに割礼が必要だとするなら、キリストを信じることに対して、異邦人は躊躇してしまうでしょう。
   ③聖書のみことばの裏付け…最後に、「兄弟たち。私の言うことを聞いて下さい。」と、皆の意見をまとめたのは主の兄弟ヤコブでした。ヤコブはペテロの宣教による異邦人の救いを肯定しつつ、アモス書9:11~12を引用します。その内容は、「その日になると、主がダビデの幕屋を建て直し、異邦人が主を求めるようになる」、つまり、「ダビデの子孫として来られたイエス・キリストの救いが異邦人にも及ぶようになる」ということです。結果的に、そのヤコブの意見で一件落着するのです。「聖書は何と言っているのか、聖書に裏付けられていることなら従います。」という姿勢は、今日の私たちにも必要です。聖書のことばに従順に従う人に主なる神は大いなる祝福をもたらすでしょう。
   ④避けるべきこと…ヤコブはユダヤ人たちに配慮をして、というよりも、異邦人のためにもなることですが、「偶像に供えて汚れた物と不品行と絞め殺した物と血とを避けるべきであると思います。」と付け加えます。人類最初のアダムとエバはエデンの園にいました。彼らには神の自由と祝福がありました。しかし、彼らは蛇によって惑わされ、罪を犯し、エデンの園から追放され、本来の自由を失いました。今日、救い主イエス・キリストを信じる信仰のゆえに、自由と祝福が与えられます。但し、その自由と祝福を受けるために、偶像と不品行と血(食するという意味において)を避けねばなりません。

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