●9月22日礼拝メッセージ(使徒の働き22:1~16)

 「パウロ、群衆を前に証しする」という題でポイントを3つあげます。

 ①今日の皆さんと同じように…パウロは、彼に反対する群衆に殺されかけますが、ローマ軍の介入により、命は助かります。ローマ軍の兵営に連れ込まれようとする直前に、群衆に対して証しをする機会を得ました。その直前まで大騒動だったのですから、パウロはまず、群衆に対して、自分の話を静かに聞いてもらうということに集中しました。「兄弟たち、父たちよ。」と、彼らに親しみと尊敬を込めてヘブル語で話しだしました。そして、自分はキリキヤのタルソで生まれたユダヤ人(ディアスポラ=散らされた者の意)であり、勉学のためにエルサレムに来て、ガマリエルの門下生として厳格な教育を受け、皆さんと同じように、神に対して熱心な者だった、と言っています。そして、その熱心さゆえにキリスト者を迫害した、つまり、パウロは今目の前にいる自分を迫害している人々と同じような者だったと言っているのです。そういったことを話すのは、聞いている相手の心を開かせ、大切な本論を伝えるためです。私たちも、誰かに証しをするときがあります。その証しを聞いてもらうために、相手に信頼されること、また、自分が相手と共通点があるということを伝えると、相手は心を開いてくれるでしょう。
  ②サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか…パウロ、その当時のサウロは大祭司たちから権限を受けて、エルサレムからダマスコに行って、キリスト者たちを捕らえに行ったのです。しかし、その途上で、聖霊なるイエス・キリストに出会います。まばゆい光がパウロの回りを照らし「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか」という声を聞いたのです。サウロが「あなたはどなたですか」と尋ねると、主は「わたしはあなたが迫害しているナザレのイエスだ」と答えました。あの十字架に架けられ、死んで復活したナザレのイエスが聖霊によってサウロ(パウロ)に語りかけられた。パウロが最も群衆に伝えたかった証しです。パウロほどではないにしろ、今日、私たちもそれぞれ主に出会った独自の証しを持っているものです。その証しを接する人々に伝えることができたら、それは最も喜ばしいことです。「…あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでもいつでも弁明できる用意をしていなさい。(第一ペテロ3:15b)」
  ③私はどうしたらよいのでしょうか…キリストに出会ったサウロは、今後、自分はどうしたらよいのかと、主に尋ねました。すると主は、「起きてダマスコに行きなさい。」と告げられます。そして、ダマスコに入ると、アナニヤというユダヤ人の間でも評判の良いキリスト者が、サウロのために祈ると、見えなくなっていたサウロの目が開かれました。そしてアナニヤは、サウロがキリストの証人となることを伝え、彼にバプテスマを授けました。今日、私たちがバプテスマを受けたのは、主(イエス・キリスト)の証人となるためです。多くの実を結び、また、イエスの名によって祈り、はばかることなく、その祈りの答えを受け取るためなのです。(ヨハネ15:16)

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