●2021年4月25日(日)第一礼拝メッセージ「イエス様との会食?!」 

黙示録3:14~22から、ヨハネがパトモス島で、主から当時の七つの教会についてメッセージを受けています。その最後、七つ目のラオデキヤ教会について言われていることから学びましょう。

「熱くありなさい(霊に燃える)」(15~16節)…先日、大阪のカニ料理店の店先に設置してあるカニのオブジェが破壊されたというニュースがありました。店主は警察に被害届を出したそうですが、その後、それを壊した若者が親と一緒に店を訪れ、謝罪をし、オブジェの修理費を支払ったのだそうです。店主はクリスチャンで、彼らを許し、ただちに警察への被害届を取り下げ、その加害者の若者をキリスト教会に連れて行ったのだそうです。若者は「また教会に来たい」と言っていたとのことでした。加害者を許すだけでなく、霊に燃えていないと、教会に連れて行くという発想は沸いてこないのではないでしょうか。クリスチャンは神と人とを愛するという使命を負っています。「愛する」ということは、人の魂の救いに心を注ぐことです。人々を教会に導いたり、福音を伝えたりすることは、神を愛することでもあります。「勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。(ローマ12:11)」

「豊かな者となる」(17~18節)…当時のラオデキヤは裕福な町で、金、着物、目薬などの商取引があったようです。主が、それらのものを引用して、「わたしから金、白い衣、目薬を買いなさい。」と、つまり、イエス様によって「霊的に豊かな者となりなさい。霊的に武装をしなさい。霊の目を開きなさい。」と言っておられるのです。

③「イエス様との会食」(20節)…霊的に豊かな者となるためにどうすればよいのでしょう。19~20節によると、熱心に悔い改め、戸の外に立っておられるイエス様を迎え入れて、共に食事をすることです。でも、実際に主と共に食事をするわけではありません。エゼキエル3:1(黙示録10:9)には「巻物を食べよ」とあります。ローマ10:17には「信仰は聞くことから始まる」とあります。キリストと共に食事をするとは、聖書のみことばをよく読んで、みことばを基準にして生きるということです。でも、私たちは、この世に生きている限り、この世の基準の影響を無意識のうちに受けてしまいます。最近、筆者は、当教会でも非接触式体温計を導入しようと、ネット販売を利用し、購入しました。早速、その体温計を試してみました。ほとんど常時、体調もよく、至って健康な筆者の体温は今まで低い方でしたが、その体温計だと低くて37度、高い時は38度以上を記録します。おかしいと思いながら、繰り返し調べているうちに、何か首のあたりがポカポカしてくる感じがしました。幸い、寝てすぐ直りましたが、このことを通して学んだことは、間違ったものを基準にしていると、体調まで悪化させ、やがて人生そのものを崩壊させてしまう危険があるということです。人間が生きるための正しい基準は聖書のみことばです。学校の教科書、新聞、テレビ、インターネットなど、そこから発せられている知識や情報は全て正しいわけではありません。私たちは、聖書のみことばに聞き、真の勝利を得る者とならせていただきましょう。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です