●2022年5月1日(日)礼拝メッセージ要旨

ピリピ1:1~18からです。マケドニヤのピリピは、パウロがアジア宣教からヨーロッパ宣教に導かれて、最初の拠点となったところです。紫布の商人・ルデヤの家族、また、一時、パウロとシラスが囚人とされていた獄舎の看守の家族などがピリピの教会に在籍していたと思われます。「福音を広めることに与ってきた」という題でポイントを3つ上げていきます。

①福音を広めることに与ってきた…パウロは、ピリピの教会の人々を心から喜び感謝していました。それは彼らが福音宣教に対して協力的だったからです。実は、福音宣教は、クリスチャンにとっては大きな位置を占めています。人間を電車に例えるとしましょう。電車は二つのレールで走ります。同じように私たち人間は二つの目標を持って生きるのです。一つは神を愛することです(マタイ22:37)。もう一つは人を愛することです(マタイ22:39)。イスラエルにはガリラヤ湖と死海があります。ガリラヤ湖は高い山から流れてきた水を受けて、ヨルダン川に流しています。だから湖が生きていて魚が住めます。しかし、海抜マイナス400mの死海はヨルダン川から流れてきた水を受けるだけなので、魚が住めず、それで死海と呼ばれているのです。私たち人間も同じです。神から受けた恵みを回りの人々に分かち合うのです。自分だけを愛していては行き詰まってしまうでしょう。私たちが生き生きと生きるためには他の人も愛することです。その究極が福音宣教なのです。

②真にすぐれたものを見分ける…俗に言われる「ブランド品」だけが良い品ではありません。無名でも良い品はたくさんあるでしょう。逆に、ブランド品と言っても、その名前が知られているだけで、無名品に比べてそれほど大きな違いがあるとは言えないでしょう。ですから、ブランド品としてのイメージを確立した企業の経営戦略を評価すべきでしょう。そういった、物を見る目も大事ですが、もっと大事なのは真実を見極める霊的な目です。今、岸田政権になって、日韓関係を修復しようと言う働きかけがあります。数年前、徴用工問題に関して、韓国で行われた裁判が発端となって、日本側が韓国に対してホワイト国の除外を宣告し、それを機に日韓関係が冷え込み、それまで行なわれてきた日韓間の貿易などが著しく停滞してしまいました。徴用工問題、また慰安婦問題を考えてみるとき、1910~1945年の35年間の日韓併合の時代に何があったのかという歴史をしっかりと検証し、その間、朝鮮半島の人々がどういった思いを日本に対して持って過ごしていたのかということを無視すべきではありません。テレビやインターネットからのプロパガンダ的に流される情報の洪水に流されることなく、自分の目と耳でよく調べ、また、聖書を基準として冷静で正しい判断をしなければなりません。何に価値を置くべきなのか、本当に真にすぐれたものを見分ける判断力が、これから益々必要となるでしょう。

③キリストが宣べ伝えられることを喜ぶ…パウロは、ピリピ教会の人々のことを概ね喜んでいますが、一部の人々の中には「党派心をもってキリストを宣べ伝えた(17節)」人もいたようで、その人たちがパウロを苦しめたようです。しかしパウロは、何はともあれ、福音が宣べ伝えられていることを喜んだのです。案外、私たちは、自尊心やどうでもよいようなことに捕らわれて、大事なものを見失ってしまうことがあります。その点、パウロは神の目線で物事を見通し、大事な目標から目を離すことはありませんでした。

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