ヘブル人12:1~13から「イエスから目を離さない」という題で、ポイント4つ上げていきます。
1.多くの証人たち…証人たちというのは、ヘブル11章に出てくるアベル、エノク、ノア、アブラハム、イサク、ヤコブなどの信仰によって歩んだ人々です。彼らは、神は生きておられるという証しを立てていました。私たちが、創造主である真の神様、そして救い主イエス・キリストを素直に信じているとすれば、それは聖霊の働きによるものであり、奇跡的なことでもあります。第一コリント1:21には「事実、この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵によるのです。それゆえ、神はみこころによって、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救おうと定められたのです。」とあります。私たちは、神のことばと、その神に従った信仰の証人たちを覚えて、主にある信仰の道を進んで行こうではありませんか。
2.イエスから目を離さない…ヘブル2:10には「神が多くの子たちを栄光に導くのに、彼らの救いの創始者を、多くの苦しみを通して全うされたということは、万物の存在の目的であり、また原因でもある方として、ふさわしいことであったのです。」とあります。この世においては、権力者が頂点にたち、下にいる人々を従えて、権力をふるいます。しかし、イエス・キリストは仕えられるためではなく、かえって仕えるために来たのであり、また、多くの人の贖いの代価としてご自分のいのちをお与えになったのです(マタイ20:28より)。この世では権力者を偉大な人と呼びますが、聖書では、本当の意味で偉大な人とは仕える人です。謙遜に神と人とに仕える人こそ偉大な人です。その最高の模範がイエス・キリストです。このイエス様から目を離さないで歩みましょう。
3.試練→訓練…私たち人間は、この世で生きている限り、嬉しいこと楽しいこともありますが、時に、試練の時もあります。誰であれ、試練に遭遇したくはありませんし、主の祈りにおいても「我らを試みにあわせず悪より救いいだしたまえ」と祈ります。それでも、試練のときは、「訓練と思って耐え忍びなさい(7節)」と言っています。結果を出している一流のスポーツ選手は、選手生活に集中し、自己鍛錬と休息をしっかり確保することを大事にしているようです。私たちも肉体の鍛練(エクササイズなど)もいくらかは有益でしょうが、霊的な鍛練をさせていただき、その結果、平安な義の実を結ばせていただきましょう。
4.まっすぐな道を作りなさい…12節には「弱った手と膝をまっすぐにしなさい」とあり、13節では「まっすぐな道を作りなさい」とあります。12節は、イザヤ35:3~4を見ますと答えがあります。それは、「恐れるな。全能の神が救ってくださる」ということです。13節は箴言4:26~27を見ますと、「悪の道を遠ざけて進む」ということです。無数とも言える罪の誘惑があります。それらを遠ざけるには、礼拝、聖書のみことば、祈り、証しの生活をさらに充実させることです。