●2025年6月22日(日)礼拝メッセージ要旨 

創世記28:1~22からです。ヤコブがハランに旅立った記事です。「ここは天の門だ」という題でポイント三つ上げていきます。

1.「ヤコブはパダン・アラムのハランへ」…前回の27章で、母リベカの計略で、ヤコブはイサクからの長子の特権の祝福を兄エサウから横取りします。エサウとしては、ヤコブに対して恨みを持つことになります。そんな背景を察して、イサクはヤコブに対して、パダン・アラムのハランに行き、リベカの兄ラバンの娘たちの中から妻をめとるようにと告げます。それを知ったエサウは、カナン人の二人の妻の他にイシュマエルの娘マハラテをめとり、両親の目を自分に向けさせようとしたのでしょう。しかし、イサクからヤコブに継承された祝福は、もう動かしがたいものです。エサウはそれを受け入れられず、どこまでも引きずっているようです。ローマ12:3には「私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりひとりに言います。だれでも、思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。いや、むしろ、神がおのおのに分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深い考え方をしなさい。」とあります。エサウが真に賢い人であるなら、サッと切り替えをして、ヤコブに対する恨みを捨て、むしろ弟を応援するでしょう。それならきっと、エサウの生涯は最高に輝いたのではないでしょうか。

2.「石の枕に天のはしご」…ヤコブはベエル・シェバを立って、ハランへと向かいます。途中、あるところで陽が沈んだので野宿します。石の枕で寝ていると夢を見ました。天から地に向けて梯子(普通、梯子は下から上に立てられる)が立てられていて、神の使いたちが上り下りしています。ヤコブとしては、イサクから祝福を受け、今、正に、自分と全知全能の神様が繋がっているということを感じたことでしょう。この夢は昔のヤコブだけではなく、今日イエス・キリストにあるクリスチャンにとっても、通ずるところです。キリストはヨハネ10:9で「わたしは門です。だれでも、わたしを通って入るなら、救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます。」と言われました。イエス様は天国に入る門です。最近は、戦争、地震、地球温暖化現象、米騒動、パンデミック等々により、キリストの再臨が近づいているということをクリスチャンの多くが感じ始めています。YouTubeでも何人かの牧師さんたちが「空中携挙」のことを話題にしています。Ⅰテサロニケ4:16~17、マタイ24:40~42などには、キリストの空中再臨の時には、そこに二人がいると、一人が上げられ、一人が残される。そういう時が来るということが記されています。大事なことは、私たちは、私たちの罪をその身に負ってくださったイエス・キリストを信じ、このイエス様によって聖霊様を心に宿し、主と共に日々を歩んでいることです。

3.「ここは神の家、天の門だ」…ヤコブは、天のはしごの夢を見て「この場所はなんと恐れ多いことだろう。こここそ神の家に他ならない。ここは天の門だ。」と言い、そこをベテル(神の家)と呼びました。主は、夢の中でヤコブに、「わたしはアブラハム、イサクの神である。この地をあなたとあなたの子孫に与える。あなたの子孫はちりのように多くなり、東西南北に広がる。地上の全ての民族はあなたとあなたの子孫によって祝福される。わたしはあなたと共にあり、あなたを守る。決してあなたを捨てない。(要約)」と言われました。ヤコブもそれに応答し、「神が私と共におられ、この旅路を守り、パンと着物を与え、無事に父の家に帰らせてくださるなら、全てあなたが私に賜る物の十分の一を必ずささげます。(要約)」と応答しています。主は、今日の私たちのためにもイエス・キリストを通して一方的に大きな恵みを示して下さっています。私たちも、その主に応答して、礼拝、みことばと祈り、そして主のみこころを行なっていきましょう。

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