●2026年5月31日礼拝メッセージ要旨     

出エジプト記12:1~28から「過越しの祭りの制定」という題でポイント3つ上げていきます。

1.「過越しの血」…エジプト全土に神の裁きが臨むとき、エジプトの、人から家畜に至るまでの初子が死ぬという痛ましい事が起きます。しかし、イスラエル人にはそれから免れるために、傷のない一歳の雄羊か山羊を屠り、その血を家々の二本の門柱とかもいにつけるようにと、主がモーセとアロンに仰せられます。そのとき、その実行する月を最初の月とせよと言われます。太陽暦では3~4月で、過ぎ越しの祭り(ペサハ)の行われる第一の月ニサン。因みに、太陽暦で5~6月の七週の祭り(シャブオット)の行われるのは第三の月シワン。太陽暦で9~10月の仮庵の祭り(スコット)が行われるのは第七の月チスリ。ここで、その時から1500年ほど経過した時代に移行します。バプテスマのヨハネが自分の方に来られるイエス・キリスト様を見て「見よ。世の罪を取り除く神の小羊。(ヨハネ1:29)」と言いました。ヨハネは、屠られた小羊のように十字架で血による贖いを成し遂げられようとされるイエス様を見て、預言的なことばを語るのです。ヘブル人の記者は「まして、キリストが傷のないご自身を、とこしえの御霊によって神におささげになったその血は、どんなにか私たちの良心をきよめて死んだ行いから離れさせ、生ける神に仕える者とすることでしょう。(ヘブル9:14)」と言っています。新聖歌235番の歌詞です。「罪重荷を除くは血の力、主の血は。悪魔の業をこぼつ奇しき力なれ。力ある主イェスの血、受けよ受けよ。力ある主イェスの血、受けよ今受けよ。」

2.「過越しの食事」…小羊の血をヒソプで二本の門柱とかもいに付けた後、その肉を焼いて食すように言われます。そのとき、種を入れないパンと苦菜も食します。現代の食事と比較してみても栄養バランスが取れていると思われます。種を入れたパンは日持ちしません。しかし種なしパンは腐敗しにくいということで、霊的な腐敗という意味で新約聖書で取り上げられています。Ⅰコリント5:6には「あなたがたの高慢は、よくないことです。あなたがたは、ほんのわずかのパン種が、粉のかたまり全体をふくらませることを知らないのですか。」とあります。この当時、コリントの教会は道徳的に問題がありました。今日の教会には聖餐式があります。Ⅰコリント11:28には「ですから、ひとりひとりが自分を吟味して、そのうえでパンを食べ、杯を飲みなさい。」とあります。また同11:31には「 しかし、もし私たちが自分をさばくなら、さばかれることはありません。」とあります。私たちは聖餐式を行ない、自分自身を吟味する。そして、自分自身をさばくことによって罪の清算をして守られていきましょう。

3.「過越しの儀式」…主から過越しの祭りについて教えられたモーセは、イスラエルの長老たちを集めて、この過越しの行事について語ります。まず、「ためらうことなく羊を過ぎ越しのいけにえとして屠りなさい」と言い、そして「その羊の血を二本の門柱とかもいに付けた後、朝まで誰も戸口から出てはならない」と言います。そして、「子孫の掟として永遠に守りなさい。約束の地に入って、この儀式を守りなさい」と言っています。この約1500年後、21世紀の現在から見ればおよそ2000年前、聖なる神のひとり子イエス・キリストが世に来られ、十字架で救いを成し遂げられました。つまり、過ぎ越しの祭りはキリストの十字架の救いで完成されるということです。ヘブル9:25~26には「それも、年ごとに自分の血でない血を携えて聖所に入る大祭司とは違って、キリストは、ご自分を幾度もささげることはなさいません。もしそうでなかったら、世の初めから幾度も苦難を受けなければならなかったでしょう。しかしキリストは、ただ一度、今の世の終わりに、ご自身をいけにえとして罪を取り除くために、来られたのです。」とあります。「ただ一度」です。この完成されたイエス・キリストの十字架による永遠の救いこそ、私たちが子々孫々だけではなく全世界のすべての人に宣べ伝えなければならない福音です。

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