●2026年7月5日礼拝メッセージ要旨     

出エジプト記16:1~36からです。エジプトを出たイスラエル人は、エリムからシンの荒野に入り、一カ月ほどが経過しています。エジプトから携えてきた食糧も無くなってきたことでしょう。イスラエルの民は食べ物のことでモーセにつぶやきます。そこで主はパン(マナ)の奇跡を行なわれます。ポイント3つ上げていきます。

1.「主(創造主)の備え」…「私たちをこの荒野に連れ出して、この全集団を飢え死にさせるのですか」というイスラエル人のつぶやきを聞かれた主は、モーセに対して、5日間毎日パン(一人当たり1オメル=2.3ℓ)が天から降ること、そして6日目には二日分のパンが降ると言われます。このことは週七日間と七日目の安息日を元にしています。創造主である真の神様は、第一日目に「光と闇の区別」、第二日目に「上の水と下の水の区別」、第三日目に「植物」、第四日目に「太陽と月と星」、第五日目には「あらゆる生き物」、第六日には「人間」を形造りました。そして第七日を休まれて、この日を聖とされました。今日、世界中で、この一週間の生活様式が採用され、日本では1876年(明治9年)に週七日、日曜日は休み、土曜日は半休が官公庁から始められました。これによって休みのない生活から解放された人も少なくないと思われます。また、創世記2:3には「神は第七日目を祝福し、この日を聖であるとされた。それは、その日に、神がなさっていたすべての創造のわざを休まれたからである。」とあります。ですから、日曜日をただ休みの日と認識して終わるのではなく、聖なる日、すなわち主を礼拝する日として位置づけることは、その人にとってはこの上ない祝福となるのです。

2.「不従順な人たちがいた」…毎日天からパンが降ってくるのですが、モーセはイスラエル人に翌日の朝まで残してはいけない、と言います。しかし、イスラエル人の中には、パンを翌日まで残しておく人たちがいました。また、安息日の前の6日目に二日分のマナが降ってくるのですが、翌日の七日目にパンを集めようとして出て行く者がいました。そのとき主は「あなたがたは、いつまでわたしの命令と教えを守ろうとしないのか」と叱責されます。先日のことでした。筆者の妻が車のキーを紛失しました。最近の車はスマートキーで、キーを携帯して車のドアのボタンを押すとロックが外れます。彼女は一人で車に入ることが出来ません。2日間ほど不便でしたが、キーが見つかりました。なんといつも持ち歩いているカバンの中にあったのです。ドアのボタンを押せばロックは外れたのです。私たち人間は元々神の子どもたちです。それを拒んで、神のことばに従わないでいると霊的な不自由を強いられます。救い主イエス様を信じ受け入れ、聖日である日曜日には教会に集まって礼拝をささげ、みことばと祈りに励み、証しの生活をする。それは、主が、私たち人間が本来の祝福を受けるために備えて下さっているものです。

3.「子孫のためのマナの保存」…天から降って来たパンを見て、イスラエル人たちは15節で「これは何だろう」といいました。英語ではWhat is it?その意味からマナと名付けられました。モーセは32~34節で「1オメルのマナを壺に入れて子孫のために保存せよ」と命じます。それはどういうことでしょうか。イスラエル人がカナンの地に入るまでの荒野で40年の間、主は彼らをマナで養われました。そのことを子々孫々、忘れないでいるためです。それは、今日も同じです。詩篇139:3には「あなたは私の歩みと私の伏すのを見守り、私の道をことごとく知っておられます。」とあります。またヘブル13:5には「金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。『わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。』」とあります。イエス様が、信じる者とともにおられて、いつも見守ってくださるのです。

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