出エジプト記20:1~26からです。いよいよ十戒が記されている出エジプト記20章です。取り上げたい内容が多くある章ですが、今回もポイントを三つにしてまとめたいと思います。
1.「十戒の全体像」…この10の戒めのうち、第1~4戒は主である神に対する戒め、第5~10戒は人に対する戒めです。一人の律法の専門家がイエス様をためそうとして「先生。大切な戒めはどれですか。」と尋ねると、主はマタイ22:37~40で「そこで、イエスは彼に言われた。『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』 これがたいせつな第一の戒めです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」と言われました。つまり。「心を尽くして神である主を愛すること」は第1~4戒に相当すると考えてよいでしょう。また「隣人を自分自身のように愛する」ことは、第5~10戒に相当するでしょう。イザヤ書48:18には「あなたがわたしの命令に耳を傾けさえすれば、あなたのしあわせは川のように、あなたの正義は海の波のようになるであろうに。」とあるように、創造主である天の主は、私たち人間が幸せになり、正しく生きることを望んでおられ、それゆえに、この十戒を示しておられるのです。
2.「してはならない」と「せよ」…十戒の中で八つの戒めは「してはならない」、二つの戒めが「せよ」です。「してはならない」は「しない」ことによって守ることが出来ます。そうしますと、「せよ」という第4戒と第5戒が大切な戒めであると言えます。第4戒は「安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ」です。第5戒は「あなたの父と母とを敬え」です。ですから、今日、日曜日(※)は仕事を休んで教会の礼拝に集まる。そして、父母を敬う。既に父母が他界している人は、身近な人から関わる全ての人を敬愛することです。(※安息日は土曜日ですが、今日、世界的に日曜日が実質的な安息日とされています。それはイエス・キリストが復活された、週の初めの日で、この日に復活されたイエス様は弟子たちに現われ、そこに不在だったトマスに現われたのも、その八日後の週の初めの日(日曜日)です。さらに、初代教会では、この日曜日に集まり、礼拝をしていたと思われます。【使徒20:7、及びⅠコリント16:2参照】)
3.「補足(第3戒、10戒+2戒)」…第3戒は「あなたは、あなたの神、【主】の御名を、みだりに唱えてはならない。~」です。イスラエル人は、この戒めから、יהוה(ヤハウェ)の御名をアドナイ(主)に置き換えて言うようになり、正式な発音が不明になったと言われています。新約時代になって、イエス様が救い主として世に来られ、主の祈りを教えられたとき、マタイ6:9で「だから、こう祈りなさい。『天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。~』」と言っておられます。その後、イエス様は結局、十字架で救いを成し遂げられ、パウロはピリピ2:9で「それゆえ神は、この方(イエス・キリスト)を高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。」と言っています。ですから、今日、私たちは、イエス様の御名が崇められるようにしなければなりません。次に第10番目の「あなたの隣人の家を欲しがってはならない」の「欲しがる」とは心の中の罪です。全ての罪は、まず心の中から始まって行くのですから、この第10戒は、まとめの戒めと言えます。さて、十戒を語り終えられたあと、主はモーセに第2戒の「偶像を造ってはならない~」に加えて、「金銀で神々を造ってはならない」と言われています。偶像礼拝は、その背後にある悪霊との関わり(Ⅰコリント10:19~20参照)になります。ですから、本当に要注意です。それよりも、「わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。(出エジプト20:6)」という千代に至る恵みに目を留めていきましょう。