●12月29日の礼拝メッセージ要旨(マタイ26:30~46)

 イエス様が弟子たちを伴って、ゲッセマネで祈りをされる箇所からポイントを三つあげて学びましょう。
 ①祈りの応援…この時、イスカリオテ・ユダを除く11人の弟子たちを伴ってゲッセマネに祈りに行かれたイエス様は、さらに、その内から、ペテロとヤコブとヨハネを連れて別の場所に祈りに行かれました。ペテロとヤコブとヨハネは、マタイ17章で、イエス様が高い山に登られたとき、一緒に連れて行った人たちです。イエス様は、罪の無い神のひとり子、神ご自身であられましたが、私たちと同じように、人としての性質を持っておられました。いよいよ、十字架の死を目前にして、彼らの祈りの応援を必要としていたのでしょう。パウロは、エペソ6:19~20で、「福音の奥義を大胆に語ることができるように祈ってください。」とエペソの教会の人たちに祈りの応援を求めています。また、パウロ自身も当時の諸教会の聖徒たちのためによくお祈りをしていました。私たちも、教会の兄弟姉妹のため、礼拝などで奉仕する説教者や奉仕者のため、また、他教会の人々のために祈りの応援をしましょう。  ②みこころを求める祈り…自分の願いと主のみこころが一致しないとき、私たちは、自分を主のみこころに合わせなくてはなりません(ローマ12:2)。ヨナ書で、主はヨナに、ニネベに行くように命じましたが、ヨナはそれを拒み、タルシシュに向かいました。しかし、後に、彼は悔い改め、ニネベに行って、神のことばを伝えました。パウロは、アジア方面で福音を伝えようとしていましたが、マケドニヤを始めとするヨーロッパ方面に行くようにと聖霊に導かれました。主のみこころを求めて祈りましょう。 ③一時間でも目を覚まして祈る。…イエス様は弟子たちを激励しながら、祈りましたが、弟子たちは眠りこけていました。眠っていては祈れません。祈ること、そのことが霊的に目覚めることでもあります。祈りは、理屈ではなく、祈り始めることです。当教会の深夜祈祷会は、この箇所のみことば(マタイ26:40)に基づいて始まりました。教会で行われている祈りのプログラムにも積極的に参加しましょう。

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