●8月10日礼拝メッセージ要旨(マルコ6:30~44)

30節からは、同章の13節の続きです。イエス様に遣わされて、帰ってきた弟子たちが、休むこともできないでいると、イエス様が彼らに舟で休める所に行くようにと言われます。しかし、舟で別の場所に行ったものの、そこにまた群衆が追っかけて来ていたのです。イエス様は、彼らを羊飼いのいない羊のようであるのを見て、深くあわれんで、色々と教え始められます。そのあと、パンの奇跡が起こりました。ここから、3つのポイントで学びましょう。
①羊飼いのいない羊…聖書ではよく、私たち人間のことを羊にたとえています。イエス様が言われる羊飼いのいない羊とはどういうことでしょうか。例えば、日本の社会システムを考えて見ますと、自治体や町内会などしっかりしていて、住民の孤立を防いだり、治安を守るためにも機能しています。しかし、それは、一人一人の魂の救いとは無関係です。いくら社会システムがしっかりしていても、また、その人が優秀であっても、魂の牧者であるイエス・キリストに出会わなければ、真の安らぎを持つことはできません。
②パンの奇跡…五つのパンと二匹の魚を配ると、5000人が満腹をしたというのですから、大変な奇跡が起きました。エリヤの時代に、シドンのツァレファテで、一人のやもめが残った一握りの粉で最後のパンを作って死のうとしていました。しかし、エリヤの求めに応じて、作ったパンをエリヤに与えると、かめの粉が尽きることはありませんでした。神の栄光のために何か行動するとき、そこに奇跡が現れます。
③弟子の訓練…5000人の人たちにどうやってパンを配るか。イエス様は、50人、100人づつ組にして座らせました。後に、使徒2章では3000人、4章では5000人が救いに導かれていますから、この時の経験が役に立ったことでしょう。教会はキリストのからだであり、一人一人がキリストのからだの部分として機能することを求められています。クリスチャンは、自分が救われるためだけに救われたのではなく、他の人を救うため、教会を建て上げるために救われたのです。

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