●1月18日礼拝メッセージ要旨(マルコ11:12~33)

イエス様は、ロバの子に乗ってエルサレム入城された後、宮に入られ、すべてを見て回られ、ベタニヤに帰られます。その翌日、またエルサレムに向かわれます。きょうもポイントを三つあげます。
①実を結ぶ…途中、イエス様は、実のなる季節ではないのですが、葉だけのイチジクの木を見て「今後、いつまでも、だれもお前の実を食べることのないように。」と言われます。それは、エルサレムの宮の霊的状態をイチジクの木になぞらえ、実物教育をしたのでしょう。今日、私たちは、実を結ぶために選ばれました(ヨハネ15:16)。実を結ぶとはどういうことでしょう。神の栄光を現わすということでしょう。ガラテヤ5:22~23には「御霊の実は愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。」とあります。これらの実を結んでいるか自分自身をチェックしましょう。
②祈りの家と呼ばれる…本来、神の宮は礼拝と祈りの場所でなければならないのに、そこは、金儲けの場所と化していました。イエス様は、「強盗の巣」と言っています。当教会では、現在、会堂建設に向かっています。そこで改めて、教会とは何か、会堂とは何かを考えました。イエス様はイザヤ56:7のみことばを引用され、「わたしの家はすべての民の祈りの家と呼ばれる。」と言われました。ですから、私たちも、祈りの家としての教会堂を祈りによって建て上げ、建て上げたら、そこを祈りの家と位置付けて、さらにそこで祈り、主の栄光を現わしてまいりましょう。
③信じて祈る…イエス様がのろわれたイチジクの木は、翌朝見ると、なんと根まで枯れていました。ペテロが驚いていると、イエス様が、「疑わず、ただ自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになる。」と言われました。そして、それに加えて、誰かに対して恨み事があったら赦してやるようにとも言われます。確かに、神に逆らった行ないをしていて、どうして、その人の祈りがきかれるでしょう。ユダのヨシャパテ王は、歴代の王の中では善王と言われています。ユダの町々で律法の書を教えさせ、偶像を取り除きました。しかし、バアル礼拝に励む北イスラエルと同盟を結びました。良い点もあったヨシャパテ王でしたが、部分的には神のみこころに背いたため、その点で後の世代に禍根を残してしまいました。今日、私たちも、主に全面的に従うこと。天の父が完全なように完全であることが求められています。実際的には中々難しいのですが、その部分のハードルを超えるかどうかで、その結果に大きな差を見ることになるでしょう。

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