●7月26日礼拝メッセージ要旨(ルカ3:21~38)

イエス様がヨハネからバプテスマを受けた記事とキリストの系図の記事から、ポイントを三つあげて学びましょう。
①イエスのバプテスマ…本来、神のひとり子イエス様は、悔い改めのバプテスマを受ける必要はないでしょう。ただ、イエス様の地上での生涯は、私たちの模範として歩まれたのですから、良いことは率先して行なうという意味でバプテスマも受けられたのです。さて、そのバプテスマのとき、聖霊が鳩のような形をして下られました。鳩は従順の象徴として聖書に登場します。イエス様は、父なる神に従順に従い、実に十字架の死にまで従われました。使徒パウロは、かつて、クリスチャンを迫害していました。彼は神に逆らっていたのです。しかし、ダマスコ途上でイエス様に出会い、その後、悔い改めて、バプテスマを受け、今度は、誰よりも熱心に福音を伝える伝道者になりました。
②キリストの系図…マタイ1章の系図はヨセフの系図。このルカ3章の系図は、ヨセフの義父、つまり、マリヤの父の系図です。アダムからダビデまでは同じですが、ダビデから、ソロモンとナタンに分かれます。王権を引き継いだソロモンの系統がヨセフの系図、ナタンの系統がマリヤの父ヘリの系図です。このルカ3章の系図を見てみましょう。ダビデ以後では殆ど無名の人ばかりです。ダビデ以前では、ボアズ、ユダ、ヤコブ、イサク、アブラハム、ノア、メトシェラ、エノク、アダムなどがよく知られています。ダビデは王、イサクはひとり子、ノアは救いの箱船、エノクは生きたまま天に上げられました。それぞれイエス様を表していると言えます。特にボアズは、ナオミとルツのために買い戻しの権利を行使し、彼女たちを助けました。イエス様は、多くの人の罪と煩いをその身に引き受け、十字架によって贖いのわざを完成されました。
③このアダムは神の子である…アダムは最初、神の子であったのに、罪を犯し、エデンの園を追い出されました。ここで紹介されているキリストの系図の最後に「このアダムは神の子である」と記されているのは、イエス・キリストによって、もう一度、神の子として回復される道があるという望みを表わしているのではないでしょうか。ヨハネ1:12には、「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。」とあります。イエス様を受け入れ、その名を呼び求める者は神の子としての特権が与えられています。神の子には、キリストとの共同相続人として莫大な富が与えられ、また、この地上で、特別扱いを受け、祈り求めるとき、応えてもらえるのです。

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