●6月12日礼拝メッセージ(ルカ12:13~34)

   ルカ12:13~34から、「神の前に富む人」という題で、3つのポイントをあげて学びましょう。
   ①神の前に富まない人…アメリカで最も有名な伝道者の一人であるビリー・グラハム師の著書によると、グラハム師が、夫人とともにカリブ海のある島を訪れたときのこと、世界的富豪が大豪邸の昼食に招いてくれました。その方は75才、楽しいはずの食事の間中、ずっと嘆き悲しんでいるように見えました。彼は「私は世界一みじめな人間だ。ヨットやヘリコプターも持っているし、自分専用の飛行機が待機していて、いつでもどこでも行けるし、人を幸せにしてくれそうなものなら何でも持っている。にもかかわらず、みじめでしょうがないんだ。」と言いました。それを聞いたグラハム夫妻は、彼と語り合い「生きることの本当の意味を与えてくれる唯一のお方、イエス・キリストを知ることができますように。」と、共に祈りました。その日の午後、今度はイギリスから来て、島で伝道している牧師がグラハム師の宿を訪ねてきました。彼は、たまたま先ほどの大富豪と同じ75才で「自分は一文無しです。けれど、この島で一番の幸せ者です。」と言いました。どちらが真に豊かな人生でしょうか。物だけを求めても、結局最後は何も残らないでしょう。
   ②心配するのはやめなさい。…空の鳥も野のゆりも創造主である真の神が養っていてくださいます。まして、人間に対してはどれほど神がよくしてくれるでしょう。だから、私たちは心配無用、心配しても、少しも得にならない。それは、分かっているのですが、それでも心配してしまうものです。特に、落ち着かない不安な思いがどうしても消えないときは、やはり、お祈りすることです。ピリピ4:6~7には「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」とあります。場合によっては平安な心になるまで時間を要することもあります。そのときは平安な心になるまで祈ることです。
   ③何はともあれ神の国を求めなさい。…私たちは、毎日の生活の中で、どこに心を向けて生きていけばよいのか、それはとても大切なことです。イエス・キリストを信じる者は、何があっても大丈夫というゆるぎない安心感を得ました。でも、そこで留まることなく、次に、神の国を求めて生きることが求められています。第一コリント10:31には「こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現わすためにしなさい。」とあります。神の国を求めるとは、神が喜ばれること、神の栄光が現われることです。それぞれに与えられた賜物を生かし、神の国を求めてまいりましょう。

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