●8月14日礼拝メッセージ要旨(ルカ15:1~10)

  「天で喜びがわき起こる」という題でポイントを3つ上げて学びましょう。
  ①失われた人…天の神様が最初の人アダムを形造られたとき、人間がロボットを自分の意のままに作るようにではなく、自由意志をもった存在としてエデンの園に住まわせました。しかし、アダムとエバは、神の命令に背いて、食べてはならないと言われた木の実から食べて、園から追い出され、神から離れ、失われた人になってしまいました。イザヤ53:6で「私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。」とあるとおりです。失われた人の特徴は、孤独、虚無感、罪責感、死の恐怖の四つだと言った人があります。キリストは、この世に失われた人を捜して救うために来られました。もし、自分は失われた人であると自覚するならば、「イエス様。信じます。」と言って、キリストを心に迎え入れ、真の神とともに歩もうではありませんか。
  ②天で喜びがわき起こる…百匹の羊のうち一匹をなくした人も、十枚の銀貨のうち一枚をなくした人も、それぞれ、それを見つけると大喜びし、近所の人達を集めて、一緒に喜んでくださいと言います。私も、二年ほど前に、免許証やキャッシュカード、保険証などの入った名刺入れを紛失してしまいました。あちこち探して、ようやく見つけましたが、見つけるまでは心落ち着くことが出来ませんでした。その日は土曜日で、次の日曜日の礼拝には皆さんと見つけた喜びを分かち合ったことを覚えています。同じように、一人の罪人が悔い改めると、天の御使いたちに喜びがわき起こるのです。キリストに遣わされた70人が、キリストの名を使うと悪霊どもが服従したと言って喜んで報告すると、キリストは「悪霊どもがあなたがたに服従するからといって、喜んではなりません。あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい。(ルカ10:20)」と言われました。黙示録20:15には「いのちの書に名のしるされていない者はみな、この火の池に投げ込まれた。」とあります。聖書は永遠の滅び、第二の死があることを明確に語っています。キリストの十字架の救いを受け入れ、いのちの書に名が記された者とさせていただき、このことを何よりも喜ぶ者となりましょう。
  ③私たちの務め…この世にある喜びは、いつか消えてしまうでしょう。私たちは、いつまでも消えることのない価値ある喜びのために自分をささげていくことが最も尊いことと言えるのではないでしょうか。そのためには、心燃やして生きることが必要です。神にとって不可能なことは一つもない(ルカ1:37)のですから、多くの人々がキリストの救いに与り、天のいのちの書に名が記されることをめざし、神に期待して祈り続けてまいりましょう。

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