●10月2日礼拝メッセージ要旨(ルカ17:20~37)  

●10月2日礼拝メッセージ要旨(ルカ17:20~37)
  「神の国はいつ来るのか」という題で、ポイントを4つあげて学びましょう。
   ①神の国は、あなたがたのただなかにある…そもそもイエス・キリストは神の国を証しするためにこの世に来られました。「主は天にその王座を堅く立て、その王国はすべてを統べ治める。(詩篇103:19)」とあるように、神の国の本家本元と言いましょうか、本部のような拠点は天に存在し、この世において、人の目に形として見えるということはありません。しかし、今日、キリストを信じる信仰によって、神の国がその人の心の中に到来するのです。つまり、神の国としての実体は天にあるのですが、キリストを信じる信仰によって、その人の心に神の国が訪れ、神の国の前味を味わうことができるのです。
   ②再臨はどのように起こるのか…これまで、世界中で、自分は再臨のキリストであると名乗る偽キリストが大勢現われています。そのように、キリストが再臨されるときは、あっちだ、こっちだというようなものではなく、いなずまが閃いて、天の端から端へと輝くようにそれが起こります。また、ノアが箱舟を建造していたときのように、ロトがソドムで過ごしていたときのように、日常生活を送っているとき、突然、滅びが人々を襲うのです。ですから、今日、私たちは、その滅びから免れることができるように、救い主イエス・キリストに連なる者となりましょう。
   ③ロトの妻のようであってはならない…ロトの家族がソドムから逃げるとき、主の使いから、うしろを振り返ってはいけないと言われていました。彼らが山に逃げる途中、ソドムとゴモラに硫黄の火が降ってきました。そのとき、四人家族の中で、ロトの妻は、うしろを振り返ってしまいました。すると、彼女だけがたちまち塩の柱になってしまいました。結局、ロトの妻は、この世のものに未練があったのでしょう。マタイ10:39には「自分のいのちを自分のものとした者はそれを失い、わたしのために自分のいのちを失った者は、それを自分のものとします。」とあります。本来、私たちの命も、持ち物も創造主である真の神によって与えられたものです。神から与えられたものは、元々、神のものであり、それらを神の栄光のために用いさせていただくことが最善なのです。
  ④一人は取られ、一人は残される…主の再臨は、さばきの時でもありますが、そのさばきが行なわれる前に、主の選びの民は四方から集められます。いわゆる空中再臨と空中携挙があるのです。夫婦であっても、一人が空中携挙に与り、一人が地上に残されることがあります。同じ仕事をしている二人のうち、一人が空中携挙に与り、一人が地上に残されるということがあるでしょう。「そんなことがあるはずがない」と思うことが実際に起こるのです。私たちは、創造主であり、全知全能であり、且つ救い主である真の神を恐れ、日々、神と共に歩み、主の再臨のときに備えてまいりましょう。

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