●2月4日礼拝メッセージ(ヨハネ14:1~14)

   「道、真理、いのち」という題でポイントを四つあげます。
   ①父の家の住まい…1節には「心を騒がせてはなりません」とあります。心騒がせる最大の問題は「人間死んだらどうなるのか」、これを解決しなければ心落ち着くことは無いでしょう。2節でキリストは、「わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。」と言っていますが、英語の聖書では、「住まい」はマンション(mansionsとなっていて、英語でマンションは大邸宅の意味です。もちろん、この世の大邸宅など全く比較にならないほど天の住まいのほうが完全で素晴らしいものでしょう。ここに入れるか、入れないか、それは非常に大きな問題です。まともなクリスチャンは、既に、ここに入れる約束をいただいていますから、今度は、人々の救いのために、とりなす者となりましょう。3節では、キリストが、「場所を備えたら、また来て、あなたがたを迎える」とあります。「また来て」とは再臨のことでしょう。
   ②道、真理、いのち…トマスがキリストに「どこにいらっしゃるのでしょう。」と聞くと、キリストは「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。」と答えました。道とは救いの道でしょう。キリストは、人となって、この世に来られ、十字架の死と復活により、救いの道を開いてくださったのです。今年は2018年です。イエス・キリスト降誕から2018年ということで、世界史はキリストが実在の方であり、歴史の中心人物(主)であることを証ししています。第一ヨハネ5:20には「しかし、神の御子が来て、真実な方を知る理解力を私たちに与えてくださったことを知っています。それで私たちは、真実な方のうちに、すなわち御子イエス・キリストのうちにいるのです。この方こそ、まことの神、永遠のいのちです。」とあります。
   ③わたしを見た者は父を見たのです…「父と子」とはどういうことでしょう。なぜ、創造主である全知全能の唯一の神なのに父と子がいるのでしょう。実は、聖書はこのことを最も大切なこととして私たちに伝えようとしています。すなわち、創世記3章におけるアダムとエバによる罪、その後の、罪の赦しためのいけにえ、そして、神の御子イエスキリストの十字架による罪の赦しの道が大きく開かれたのです。「父と子」と表現していますが、もっと直接的に表現するならば、創造主である神御自身が私たちの救いのために、人となって来られた方がイエス・キリストなのです。
   ④わたしの名によって求めるなら…12節には、「信じる者は、イエス・キリストよりも大きなわざを行なう」と、驚くべき書いてあります。それは、主イエスの名によって、イエス様ご自身が働いて下さるなら不可能なことはありません。実生活の中で、私たちは、イエスの名によって信仰を持って祈るとき、祈りが聞かれます。

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