●2020年1月12日(日)礼拝メッセージ要旨( ローマ1:1~17)

 「福音を恥としない」という題で3つの段落からポイントを3つあげてお話しします。

 ①(1~7節)信仰の従順をもたらすため…パウロは、自分は福音のために選び分けられ、使徒として召された、と言っています。そして、その使徒の務めは何かというと、「御名のためにあらゆる国の人々の中に信仰の従順をもたらすため」であるとしています。先日、筆者は運転免許更新のために運転免許センターに行ってきました。多くの人が免許更新のために集まっているものの、互いに知らない人同士なので、話をしている人はいません。それもありますが、皆、センターの職員の指示に従順に従っています。もし、不従順ならば、免許をもらえないかもしれません。「免許をもらう」という大事な目的のために従順にならざるを得ないのです。もちろん、筆者も免許をもらうために従順にしていました。さて、イエス・キリストを信じる信仰に対して従順であるとはどういうことでしょう。それは、目先の損得や欲望を第一に追求するのではなく、永遠の神の審判と救いを見据え、そこに照準を置いて日々を過ごすことです。但し、この世に生きている限りにおいては、誰であっても、日々、様々な誘惑や信仰の戦いがあります。パウロは、6節で「あなたがたも、それらの人々の中にあって、イエス・キリストによって召された人々です。」と言っています。つまり、「主に選ばれ、召されたのだから、信仰の従順をもちましょう」と励ましているのです。

 ②(8~13節)あなたがたを強くしたい…パウロは、ローマのクリスチャンたちがイエス・キリストを信じる信仰を持ったことを喜び、その彼らのために祈り、そして、彼らに会って、御霊の賜物を分けて彼らを強くしたい、と言っています。また、自分自身が彼らに会って励ましを受けたい。そしてさらに、未信者に福音を伝えて実を得るためにローマへ行きたい、と言っています。当時と比べ、情報通信手段が格段に発達した現代ですが、やはり、今日でも、直接出会って伝えないと、自分が伝えたいことがなかなか相手に伝わらないでしょう。結果的に、その後パウロはローマに行き、2年間、自費で借りた家で福音を大胆に宣べ伝え(使徒28:30~31)ました。ローマでは、その後、クリスチャンに対する大迫害時代を迎えますが、コンスタンティヌス大帝の時代になると迫害は止み、キリスト教国への道を進むほどになるのです。

 ③(14~17節)福音を恥としない…パウロは全ての人に対して、返さなければならない負債を負っていると言いました。福音宣教のことを負債に置き換えて言っているのです。確かに負債は、どうしても返さなければなりません。福音宣教もどうしてもしなければならないことなのです。福音、それは良い知らせですが、単なるものではなく、暗黒と死の陰からの解放です。一生刑務所で過ごさなければならない人が無罪放免されること、それよりもはるかに大きなことです。福音の要素は、第一コリント15:3~4に記されています。イエス様が私たちの罪のために死んで復活した、そのことを信仰によって受けとめることから始まるのです。私たちも、その福音を恥とせず、宣べ伝えてまいりましょう。

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