ローマ人への手紙14章は、クリスチャン同士、互いに戒律的になって過剰に裁き合ってはならない。また、誰かのつまづきになるようなことは避ける。そういったことが記されている章です。本日は、1~12節から、ポイント三つ上げていきます。
①信仰の弱い人を受け入れなさい(1節)…例えば、クリスチャン同士において、ある人は熱心に伝道する。また別の人は全く伝道しない。その場合、熱心な人は、伝道しない人に対して「なぜ伝道しないのか」という気持ちになりやすいと思います。また、飲食について、あるいは日を守ることについても、これはよい、これはいけないとか、人によっては感覚や習慣の違いがあって、自分の持っている基準で人をさばくことがないようにしましょう。明確に罪とか悪とか以外の、いわゆるグレーゾーンに該当することについては、寛容と優しさが求められます。
②主のために生きる(8節)…第一コリント10:31に「こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現すためにしなさい。」とあるように、本来クリスチャンは、何かするとき、それが主の栄光を現しているかどうかということが問われます。特にこのお盆の時期は、巷において、先祖伝来の空疎な風習が行われます。結果的に偶像礼拝の行事に参加するということのないように気を付けましょう。また、そういった行事に参加しないという姿勢を示すことがクリスチャンとしての証しにもなります。
③わたし(主)は生きている(11節)…ドイツ人でアフリカにおいて宣教活動をし、大きな働きをされたラインハルト・ボンケ師が昨年2019年12月に召天されました。79才だったということです。実に7,900万人をキリストに導いたそうです。ボンケ師は生前「私は地獄を空っぽにし、天国をいっぱいにしたい。」と言っておられました。本当にその言葉に見合う働きをされたと思います。天と地を創造した真の神様は生きておられます。というよりも、私たち人間は、その創造主によって生かされ、やがて、その方の前に立つときが来ます。そのとき、私たちは、自分のことを神の前に申し開きをすることになります(12節参照)。でも、クリスチャンには、最強の弁護士が付いています。第一ヨハネ2:1bには「~もしだれかが罪を犯すことがあれば、私たちには、御父の前で弁護する方がいます。義なるイエス・キリストです。」とあります。キリストが共におられるのですから、わたしたちは、まず、自分の救いの達成を目指しつつ、まだ主を知らない人々のために祈り、福音を伝えましょう。