ローマ14章は「信仰の弱い人を受け入れなさい」、また「人につまずきを与えないようにしなさい」といったことが語られています。本日は13~23節の中から、「義と平和と聖霊による喜び」という題で、三つの節を取り上げていきます。
②平和に役立つことと霊的成長に役立つことを追い求めよう(19節)…ヨブ記のヨブは、子宝に恵まれ、大富豪でしたが、試みを受け、一瞬にして子らと富を失いました。しかし、ヨブは「主は与え、主は取られる。主の御名は、ほむべきかな。(ヨブ1:21)」と告白し、神に愚痴をこぼすことがありませんでした。その後、三人の友がヨブを見舞い、彼がそうなったのは罪があるからと指摘します。それに対してヨブは、自分は潔白であると主張します。結局、ヨブ記の最後のあたりでは、主ご自身がヨブに現われます。主に出会ったヨブは「私はあなたのうわさを耳で聞いていました。しかし、今、この目であなたを見ました。それで私は自分をさげすみ、ちりと灰の中で悔いています。(ヨブ42:5~6)」と言っています。その後、彼は友人たちのために祈ります。すると主はヨブの繁栄を元通りにされ、所有物が二倍となります。初めのヨブも信仰の人でしたが、後のヨブは神に出会い、さらに神の人として成長しました。本当の平和は、一人一人の心が真の神と和解すること、つまり、イエス・キリストを信じることによって、心の中に平和が訪れます。また、自分自身はもちろん、回りの人々が神に出会い霊的成長ができるように祈りましょう。
③信仰から出ていないことは、みな罪です(23節)…例えば、タバコとお酒です。最近はタバコの害が一般に認識され、タバコは吸わないほうが良いことは誰でも知っています。お酒はどうでしょう。教会により、また個人により、様々な捉え方があります。筆者自身はタバコも酒も一切しない教会で導かれ、今もしませんし、そのことを感謝しています。しかし、そうかと言って、タバコや酒を嗜む人に対して批判などすべきではありません。ただ、せっかく良い習慣を身に着けているなら、その良いものを捨てることは賢明ではありません。ユダ書20~21には「しかし、愛する人々よ。あなたがたは、自分の持っている最も聖い信仰の上に自分自身を築き上げ、聖霊によって祈り、神の愛のうちに自分自身を保ち、永遠のいのちに至らせる、私たちの主イエス・キリストのあわれみを待ち望みなさい。」とあります。人を見て批判したり、また、人に影響されて良い習慣を損なったりせずに、主なる神様を見上げ、より健全な信仰生活を目指していきましょう。