●11月8日(日)礼拝メッセージ要旨(第一コリント3:1~23)

第一コリント3章から「神の畑、神の建物」という題で、ポイントを3つあげます。

 ①「肉に属する人と御霊に属する人」(1節)…コリント教会は、パウロ派、アポロ派というふうに派閥ができて、互いに妬みや争いがあったようです。そういう人々対して、パウロは、霊的な幼子であり、肉に属する人である、と言っています。ガラテヤ5:19~21には「肉の行いは明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、ねたみ、酩酊、遊興、そういった類のものです。前にもあらかじめ言ったように、私は今もあなたがたにあらかじめ言っておきます。こんなことをしている者たちが神の国を相続することはありません。」とあります。私たちも、そういった肉に属する人ではなく、ガラテヤ5:22~23に「しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。」とあるように、御霊に属する人にならせていただきましょう。

②「キリストの土台の上に建てる」(11節)…中東地域では堅牢な石で造った建物が多くあります。ただ、地震に対してはどうでしょう。木造の建物、例えばログハウスのように木部が露出していると湿気を吸収したり放出して環境的に人に優しいのではないでしょうか。総合的に一番、強度のあるのは鉄筋コンクリート製の建物でしょう。それはともかく、ここで言っているのは、霊の建物のことです。それは永遠に続く、いつまでも残る建物です。第一コリント13:13には「こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。」とあり、ヨハネ15:16には「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。」とあります。すなわち、いつまでも残る信仰と希望と愛の実を結ぶということです。具体的には、友人や知人が救われて真理を知ることであり、また、自分自身の霊的成長です。キリストのからだなる教会に連なりつつ、教会を建て上げる働きに参画していくことです。それが、イエス・キリストの土台の上に霊的な建物を建てるということです。

③「あなたがたは神の神殿です」(16節)…S教会のO牧師は、子供の頃の自分を「お祭り小僧」だったと言っています。毎年4月に子供神輿(みこし)が出て、家々を回り、子供の代表が各家の門口で祝詞(のりと)を述べる。当時のO少年はその代表を数年務め、鼻高々だったそうです。しかし、あるとき、柏手を打って拝み奉っていた神社の祠(ほこら)の中をのぞくと、そこには髪の毛の束と丸い鏡のようなものがあるだけで、それを見てがっかりし、それから、本当に信じるべき何か(神)を求めるようになったとのことです。人が作ったものは人に祝福を与えることはできません。この世界を創造し、人を生かしておられる創造主が真の神です。その創造主のもとから、救いのために人となって来られたイエス・キリストは、多くの人の罪をその身に負い、十字架で死んで復活され、天に帰られました。今日、キリストを信じる者の心の中に聖霊が宿ってくださいます。つまり、キリスト者の体が聖霊の宮、神殿となるのです。ですから、キリスト者は、聖霊の宮である自分のからだを聖く保っていかねばなりません。みことばと祈りに励み、聖霊にも満たされ、聖書の知識と知恵も豊かにされようではありませんか。

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