●2021年2月28日(日)第一礼拝メッセージ「神の恵みとご計画」 

エペソ2:1~10から、「神の恵みとご計画」という題です。

東日本大震災のとき、筆者は宮城野区蒲生にいました。ほんの数分、正確には分かりませんが、たぶん、3~4分くらいの時差で、あの大津波を免れました。その後は、着の身着のまま、五日間ほど避難所で過ごしましたが、食べ物、着物、住むところなどが、徐々に加わって行き、今では、自宅があり、教会建物も備えられています。自宅はおもに公的支援により、また、教会建物においては、国内外のキリスト教会関係者の支援のゆえであり、正に神の恵みであって、誇るものは何もありません。

先日2月13日(土)夜、福島県沖を震源とする大きな地震がありました。10年前の東日本大震災を思い起こすには十分な大きさの地震でした。天地万物を創造し、それらのものを統べ治めておられる真の神は、この世で起こる全ての現象を把握しておられ、地震をもその権威の下にあります。私たち人間は全知全能の神の権威の下に置かれています。今、こうして私たちに命があるのも、神の恵みのゆえです。そして、そればかりか、神は、私たちに救いの恵みを示しておられます。「救い」、それは「家内安全商売繁盛」と言われるようなレベルのものではなく、もっと根源的で深刻なものです。それは永遠の滅びの刑罰からの救いです。エペソ2:3には「私たちもみな、かつては不従順の子らの中にあって、自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行い、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。」とあります。聖なる神は、ひとり子イエス・キリストをこの世に送ってくださり、神の御怒りを十字架によって、その身に受けさせたのです。詩篇49:8には「たましいの贖いしろは、高価であり、永久にあきらめなくてはならない」とありますが、その「非常に高価な魂の贖い代」をイエス・キリストが十字架の救いによって支払ってくださったのです。これほどの大きな神の恵みはありません。この救いを受けているとすれば、正に神の大きな恵みによるのであり、自分自身から出たのではありません。

さて、もう一つのポイントは、私たち一人一人に対する神のご計画ということです。ヨハネ3章で、ユダヤ教指導者のニコデモがキリストのもとに来たとき、キリストはニコデモに「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」と言われました。私たちがイエス・キリストを信じたとき、それは、霊的に新しく生まれたときであり、魂の再創造をされたのです。再創造された人は、聖書のみことばに聞き、よく祈り、そして、神のみこころを知って、従って行かねばなりません。

エペソ2:10に「私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えてくださったのです。」とあるように、聖なる神は、私たち一人一人に、その人が歩むべきご計画を持っておられます。一人一人が、自分に対する神のご計画を知り、そのご計画通りに歩むとき、それは、その人にとっては最も幸いで祝福の人生となるのです。

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