●2026年2月1日(日)礼拝メッセージ要旨   

 出エジプト記2:1~25から「その子をモーセと名付けた」という題で、ポイント3つ上げていきます。

1.「モーセの幼少期(1~10節)」…モーセの三歳上に兄のアロンがいます。そして、モーセが生まれた頃には、すでに分別のある姉(ミリヤム)がいます。当時、イスラエル人は生まれたとき「男の子ならナイル川に投げ込まなければならない」という命令がエジプト王から下されていました。モーセはかわいい子で、三か月の間、隠されていましたが、もう限界ということで、ナイルの岸の葦の茂みの中に置かれました。そのときパロ王の娘が水浴びに来て、パピルス製のかごに入れられた乳児を発見しました。それを遠くで見張っていたその子の姉がパロの娘に「その子に乳を飲ませるために乳母を連れて来ましょうか」と言うと、パロの娘はあっさりと同意します。そして、その子の母が連れて来られ、パロの娘から賃金を貰って、その乳児を育てることになりました。そして、その子が大きくなったときに母親は、その子をパロの娘のもとに連れて行きました。その子はモーセ(引き出すの意)と名付けられ、王女の息子として育つことになりました。当・つばめさわ教会は、15年前、シーサイドバイブルチャペルという名で海辺にありました。しかし、3.11東日本大震災で、そこから「引き出されて」、今、この宮城野区燕沢2丁目にあります。その原点を忘れないように、公文書上の正式名称とは別に、通名として「Seaside Bible Churchつばめさわキリスト教会」としています。

2.「モーセの青年期(11~15節)」…モーセが大人になったとき、彼は同胞の所へ出て行き、その苦役を見ました。一人のヘブル人をエジプト人が打っているのを見ました。モーセはそれを見て、誰も見ていないのを確認してから、そのエジプト人を打ち殺し、砂の中に隠しました。次の日、二人のヘブル人が争っているので、悪い方に「なぜ自分の仲間を打つのか」と言うと、その男は「誰があなたを私たちの裁きつかさにしたのか。昨日のように私も殺すのか」と言うと、モーセは恐れました。エジプト王女の息子として育てられたのに、モーセの権力地盤は軟弱のようです。それにモーセは、正義感に燃える人物でしたが、怒りに任せた性急なやり方では理解を得られません。しかし、その後、40年を経て、それ以降の40年間(80才から120才)にモーセはイスラエル人の出エジプトで大きな貢献をし、主から十戒や律法を授けられ、「旧約のモーセ」、「新約のイエス・キリスト」と言われるほどになります。モーセを通して確立された律法がイエス・キリストによって成就されたのです。キリストは「わたしが来たのは律法や預言者を廃棄するためだと思ってはなりません。廃棄するためにではなく、成就するために来たのです。(マタイ5:17)」と言われました。

3.「モーセ、ミデヤンに行く(16~25節)」…パロ王はモーセがしたことを聞いて、モーセを殺そうとします。しかし、モーセはそこから逃れ、ミデヤンに行きます。そして、水汲み場でミデヤンの祭司の娘たちを助けたことがきっかけで、その娘のうちのチッポラと結婚し、ミデヤンで暮らすことになります。しかし、その一方で、エジプトでのイスラエル人は引き続き労役のために呻き、喚いていました。このときエジプトで奴隷になっているイスラエル人は、今日(こんにち)、暗やみの世界の支配者たちの配下に置かれ、死の恐怖におののいている人々の姿を表しているのではないでしょうか。私たちは、この天地の創造主のもとから遣わされたイエス・キリストの十字架と復活による救いを受け入れ、永遠のいのちの希望と安心感の中で、キリストのからだなる教会に属し、イエス様にしっかり連なり、多くの実を結ばせていただきましょう。「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。(ヨハネ15:5)」

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