●6月26日の祈祷会メッセージ要旨(詩篇125篇)

  この詩篇のテーマは、天の神を信じ、信頼する人は、その天の神様によって取り囲まれ、守られているということです。エルサレムは高い所にありますが、外敵の侵入を防ぐために山や谷によって取り囲まれている地形となっています。3節には「悪の杖が正しい者の地所の上にとどまることなく、正しい者が不正なことに、手を伸ばさないためである。」とありますが、主のみこころは、正しい者が悪者に支配されることなく、また、自らも悪に手を染めることがないということです。
   第二列王記6:15~17を見ますと、アラムの軍隊がエリシャを捕えに来たとき、そのアラム軍よりも多い天の軍勢がエリシャのいる所を取り巻いていたのです。エリシャに仕える若者が恐れていたとき、エリシャは「恐れるな。私たちと共にいる者は、彼らと共にいる者よりも多い。」と言い、そのあと、若者の目が開かれるように主に願うと、そのようになります。詩篇32:10には「悪者には心の痛みが多い。しかし、主に信頼する者には、恵みがその人を取り囲む。」とあります。
   聖書のことばそのものではありませんが、(最近、筆者が)色々な読み物を読んでいて、「幸せだから感謝するのではなく、感謝するから幸せなのです。」という言葉が心に留まりました。確かに、第一テサロニケ5:16~18には「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」とありますから、聖書的な言葉と言えます。どんなときも主を信じ、信頼する。すると、主もそれを喜ばれて、その人を守り、さらに恵みに恵みを増し加えられる。そんな信仰生活でありたいものです。

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