●2月9日礼拝メッセージ要旨(マタイ27章27~44節)

27節から44節まで、記事の内容に合わせて、ポイントを四つあげて学びましょう。
①ユダヤ人の王さま…たった一人の囚人に対して全部隊の兵士を集めたのですから、やはり、尋常でない警戒をしていたようです。緋色の上着といばらの冠と葦の棒は、王のマントと王冠と杖に見立てたのでしょう。ローマ兵たちは「ユダヤ人の王さまバンザイ」といって、嘲笑しましたが、イエス様はユダヤ人の王だけではなく王の王、主の主、全人類の王であることを彼らは知らなかったのです。1953年アメリカで制作された「聖衣」という映画(フィクション)は、キリストの十字架刑に関わった一人のローマ兵を主人公にしています。彼は後にクリスチャンになり殉教の道を進みます。
②クレネ人シモン…イエス様の代わりに無理矢理十字架を背負わされたシモンは、もしかしたら、そのまま自分も十字架につけられるかもしれないという恐怖を覚えたことでしょうが、イエス様が背負った十字架を代わりに背負ったということで、彼にとっては名誉なことだと、あとで思ったかもしれません。イエス様に香油を注いだマリヤのように、クレネ人シモンも世界中の教会で語り継がれています。マタイ16:24には「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。」とあります。私たちそれぞれに与えられた神からの使命を背負って、イエス様に従ってまいりましょう。
③苦味を混ぜたぶどう酒と十字架…苦味を混ぜたぶどう酒は、痛みをマヒさせるためであったようですが、イエス様が、それを拒否されたのは、あえて、痛みを全て受け止めたということでしょう。イエス様は今日、大祭司として、私たちの弱さや痛みに同情できない方ではありません。ですから、私たちは、おりにかなった助けを受けるために大胆に恵みの御座に近づきましょう。
④ののしり…ローマ兵、大祭司、長老たち、そして、共に十字架につけられている強盗たちからもののしられたキリストは、第一ペテロ2:22~24で、「罪も偽りもなく、ののしられてもののしり返さなかった」とあります。それは、キリストを信じる私たちが罪を離れ、義のために生きるためでした。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です