●5月4日礼拝メッセージ要旨(マルコ2:23~3:6)

「安息日の主」という題で、三つのポイントで学びましょう。
①安息日の起源…創造主である聖なる神は、6日で天地万物を創造され、7日目を休まれました。第一日目が地球と光。第二日目が空気(大気圏)。第三日目が陸地と植物。第四日目が太陽と月と星。第五日目が魚と鳥。第六日目が虫、動物、人です。特に、人を形造ったときは特別な存在として、神に似せて造られました。そして、第7日目を祝福し、この日を聖であるとされました。出エジプト20:8の十戒にも、安息日を覚えて聖なる日とせよ、とあります。イザヤ58:13~14には、主の聖日を喜びの日、栄えある日とするなら高い所を踏み行かせるという約束があります。
②安息日と枝葉末節…ある読み物に「ユダヤ人が安息日を守ったのではなく、安息日がユダヤ人を守った。」と書いてありました。今日の多くのユダヤ人の安息日の過ごし方は特別です。それは、ユダヤ人自らそうしたというよりも、神の選民として選ばれたユダヤ人に対して、神がそのように仕向けたとも言えるでしょう。出エジプト31:15では、「安息日に仕事をする者は必ず殺されなければならない。」とあり、実際に民数記15:32~36では、安息日にたきぎを集めている人が石で打ち殺されています。そういった背景の中でタルムードと言われる律法以外の教えが歴代のラビたちによって作られ、それを根拠にして、パリサイ人らはイエス様に安息日についての質問をしていますが、彼らは、元々、安息日のことよりもイエス様を困らせようとしたのです。本来、私たちの行動基準は、悪いことばを出さず、必要なとき、その人の徳を養うのに役立つことばを話し、聞く人に恵みを与えることです(エペソ4:29)。
③安息日の主…今日、キリスト教会では日曜日を安息日として位置づけています。その根拠として考えられることは、イエス様が日曜日に復活し、その日の夕方に弟子たちの前に現われ、さらにその八日後の日曜日にも現れて弟子たちの礼拝を受けられています。また、使徒20:7及び第一コリント16:2では、日曜日(第一の日)に礼拝が行われていたようなのです。イエス様は安息日にも主であるとはどういうことでしょう。それはすべてにおいて主であるということです。キリスト者はこの主であるイエス様のものであり、イエス様に所属しています。私たち人間の生き方の原点と究極は、この主を呼び求め(ローマ10:13)、主のみこころに従って、日々を過ごすことではないでしょうか。

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