●7月19日礼拝メッセージ要旨(ルカ3:1~20)

バプテスマのヨハネが宣教を開始した記事から、ポイントを三つあげて学びましょう。
①悔い改め…ヨハネに神のことばが下って、ヨハネは悔い改めに基づくバプテスマをヨルダン川のほとりの全ての地方で説きました。ギリシャ語の原語では「メタノイア」という言葉が日本語で「悔い改め」と訳されているのですが、直訳的には、「考えを変える」というような意味となり、日本語に加味されている「悔いる」という意味合いはありません。確かに、誤ったことをしていたら、悔いることよりも、誤りを改めることが大事です。バプテスマのヨハネは、群集、取税人、兵士たち、それぞれに対して、生き方を変えるための具体的な勧めをしています。イエス・キリストを信じる者は、それにふさわしく、この世に支配された生き方から解放され、いつも喜び、絶えず祈り、全てのことに感謝しつつ、歩んでまいりましょう。
②荒野で叫ぶ者の声…以前、路傍伝道ブームと言えるような時代もありました。やはり、どこかで、バプテスマのヨハネをモデルにしていたのでしょう。ローマ10:15には「遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。『良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。』」とあります。ヨハネに神のことばが下って、遣わされたように、私たちもみことばによって励まされて、福音宣教に遣わされることが理想です。そのためにも、毎朝のディボーションを通して熱心に聖書を読み、みことばを心に蓄え、そのみことばが生活の中で口から表現されるとしたら素晴らしいことです。
③聖霊と火とのバプテスマ…今日、クリスチャンになるには水のバプテスマが施されます。そこに至るには、第一コリント12:3、13にありますように、何らかの聖霊による導きがあります。さて、ルカ3:16には「聖霊と火とのバプテスマ」とあります。17節で、火とは最後の審判の裁きの火でもありますが、16節の火はエネルギー、力の源としての火と言えるでしょう。モーセは、神の山ホレブで神の火を見て、出エジプトに遣わされました。イザヤはセラフィムのひとりが携えてきた火に触れて、神に遣わされました。使徒の働き2章では、炎のような別れた舌が現われて、使徒たちに臨み、初代教会が誕生しました。ローマ12:11には「勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。」とあります。私たちの心が冷たくてはいけません。熱くありたいです。そのためには、みことばと祈りによらなければなりません。

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