●12月11日礼拝メッセージ要旨(ルカ21:20~38)

「油断せずに祈っていなさい」という題でポイントを4つあげて学びましょう。
    エルサレムの苦難…20~24節に、AD70年に起きるローマ軍によるエルサレムの破壊につ
いて述べられています。ゼカリヤ書14:2~4には、それと同じような内容で、エルサレムがすべての国々の軍隊に囲まれると預言されています。AD70年のときは、ローマ軍一国でした。つまり、ここでキリストは、エルサレムが軍隊に囲まれ、踏み荒らされることを、AD70年に起こることと、さらに、この終わりの時代に起こることとして二重写しにして語られたようです。世の終わりとエルサレムは、密接な関連があり、今後、エルサレムの動静を注視する必要があります。
②天変地異…25節に、「日と月と星には前兆が現われ、地上では、諸国の民が、海と波が荒れどよめくために不安に陥って悩み~」とあります。あの東日本大震災も天変地異と言えるものでしたが、今後、もっと大きな事が起こるでしょう。こうして聖書を通して何が起こるか知らされているのであれば、多少なりとも、その衝撃は少なくなるでしょうが、しかし、何も知らないでいる人にとっては、26節にあるように、恐ろしさのあまり気を失う人も出るでしょう。キリスト者は、聖書を通して予告を受けているだけではなく、27~28節にあるように、キリストによる空中再臨に与るのですから、体をまっすぐにし、頭を上に上げて、主を待ち望みましょう。
③時代を見分ける…今は、この辺りでは落葉樹は葉が落ちて枝だけになっています。一見、死んだようになっている木が、ちゃんと春には芽吹くために、その準備をしています。木の状態から、季節を見分けるように、この時代も聖書を通して、今がどういう時なのかを見分けていかねばなりません。民族間の対立、国と国の対立、大地震、疫病、ききん、恐ろしいこと、天からのすさまじい前兆、と並んで述べられていますが、今は、大地震、疫病あたりでしょうか。31節には、これらが全部起こるのを見たら神の国は近いのです。33節には「この天地は滅びます」とあります。私たちは、滅びて行くものに対して必要以上に執着すべきではありません。決して滅びることのない聖書のみことばに目を留め、みことばにおののく者(イザヤ66:2)となりましょう。

④油断せずに祈る…「油断」、それは油が断たれることです。数十年前の話ですが、私は、バイクにオイルを入れるのを怠り、エンジンを駄目にしてしまった経験があります。放蕩、深酒、この世の思い煩い、そういったことに心が支配されているところに突然、滅びが襲い掛かったら大変です。いつまでも残るものは信仰と希望と愛です(第一コリント13:13)。信仰は聖書を読むことで与えられます。希望は祈ることによってわき起こります。愛は、キリストの十字架の愛です。特に、この世の煩いで暗くなっているときは、どんなことでも出来る全知全能の神を信じ、たとい、マイナスに思えることもプラスに変わると信じて祈り待ち望みましょう。

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