●6月3日礼拝メッセージ要旨(ヨハネ19:17~31)
   ヨハネ19:17~30から「十字架を負って」という題でポイントを5つあげて学びましょう。
   ①ご自分で十字架を負い…ユダヤ人たちの訴えとピラトの執行によって十字架につけられることになったキリストですが、言うまでもなく、キリストがこの世に来られたのは十字架につけられるためでした。イザヤ53:7で「ほふり場に引かれて行く羊のように」と預言されていた通りにキリストは、自ら十字架を負って刑場に向かったのです。かつてバプテスマのヨハネがイエス様を見て「見よ。世の罪を取り除く神の小羊。」と言っています。神の御子イエス様は羊のように父なる神様に対して従順だったのです。イエス・キリストを模範として歩むべきクリスチャンも、羊のように主に対して従順でありたいものです。
   ②罪状書き…キリストを十字架につけたくなかったピラトは、「ユダヤ人の王」という罪状書きを付けました。「カイザルの他には、私たちに王はありません。」と言った筈のユダヤ人たちは「ユダヤ人の王と自称したと書き換えてください。」とクレームを言うのですが、ピラトは、ここは譲りませんでした。ユダヤ人たちとしては、キリストを十字架につける目的を達成したものの、罪状書きを「ユダヤ人の王」と書かれては、大誤算でした。
   ③くじ引き…兵士たちはキリストの上着を四分し、下着はくじ引きにしています。詩篇22:18の成就でもあります。ルカ23:34には「そのとき、イエスはこう言われた。『父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。』彼らは、くじを引いて、イエスの着物を分けた。」とあります。何をしているのか分からないような人生ではなく、私たちは聖書を土台として、神のみこころの道を歩みましょう。
   ④あなたの息子が(母が)います…この時点では、キリストの兄弟達はキリストを信じていませんでした。ですから、イエスが愛された弟子に母マリヤを託したのでしょう。イエス・キリストを信じる信仰を持つとき、新しい霊的関係に入ります。まず、キリストとの関係が第一、次にクリスチャン同士の関係、そして、もちろん、血縁関係である家族をそれまで以上に大切にしなければなりません(第一テモテ5:8参照)。
   ⑤わたしは渇く…キリストはすべてのことが完了したのを知って「わたしは渇く」と言われました。それは詩篇69:21のみことばが成就するためでもありました。酸いぶどう酒は刑の痛みを和らげるためという説もあるようですが、いずれにせよ、キリストが死に至るまでには多くの苦しみを通られました。キリスト者が救いに与ったのは、このキリストの十字架の苦しみゆえであることを忘れてはなりません。

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