●3月22日(日)礼拝メッセージ要旨( ローマ6:12~23)

 「神の下さる賜物」という題でポイントを3つあげます。

   ①恵みの下にある…14節に「あなたがたは律法の下にはなく、恵みの下にあるからです。」とあります。恵みの下とは、イエス・キリストによる十字架の救いです。ローマ3:24には「ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。」とあります。また、詩篇49:8には「たましいの贖いしろは、高価であり、永久にあきらめなくてはならない」とあります。つまり、莫大な富を持っているような世界有数の大富豪でさえも、罪の代価を支払うことはできないのです。その代価を、イエス様が、十字架で流してくださった御血によって支払ってくださったのです。正に驚くばかりの恵みです。その大きな恵みの下にあるという証しを神様は私たちに与えて下さっています。まず、キリストを信じた者には平安と喜びがあります。そして、日々、主は、キリスト者に御手を差し伸べ、不思議としるしを与えてくださるのです。「知れ。主は、ご自分の聖徒を特別に扱われるのだ。私が呼ぶとき、主は聞いてくださる。(詩篇4:3)」

   ②罪の奴隷か、義の奴隷か…罪の支配に身を委ね、その情欲に従って行けば、結局、罪の奴隷となってしまいます。そこに、戦いがあります。罪に向かうのではなく、神と共に生きることを選び取っていくのです。クリスチャン新聞福音版4月号で歌手の本田路津子さんのことが紹介されていました。彼女は大学生の時、歌のコンクールに出場して優勝し、その後フォークソング歌手としてヒット曲を飛ばし、NHKの紅白歌合戦にも出場しました。しかし、ヒット曲を出し続けなければならないというプレッシャーも感じるようになりました。そのころ、一人のクリスチャン男性との出会いがあり、「天の神に委ねて生きる生き方」をアドバイスされました。結局、その男性と結婚し、5年間の歌手生活に区切りをつけて渡米しました。そして、数年後、日本に帰国し、今は、自分に与えられた賜物を神様におささげしようという姿勢で、再びゴスペルシンガーとして教会などで演奏活動をしているとのことです。義の奴隷、神とともに生きる道を歩んでおられるのです。

   ③神の下さる賜物…罪から来る報酬は死です。その「死」というのは永遠の死であり、永遠の滅びの刑罰です。そこには永遠の火があり、消えることがありません(マタイ25:41、マルコ9:48)。しかし、今を生きるキリスト者にとっての神の火は、きよめを与える聖霊の火です(マタイ3:11~12)。今、巷では新型コロナウィルス騒動が起こっています。教会にとって、このコロナ騒動とは何でしょうか。答えのヒントはエペソ5:26~27にあるのではないかと思います。イエス・キリストの再臨の日が近づき、キリストの花嫁としてふさわしい者(教会)とするため、すなわち、しみやしわや傷のない者とするために、主はこの騒動を許しておられるのではないでしょうか。神の下さる賜物である永遠のいのちに与っている主にある一人一人が、栄光の教会として整えられるように、日々、みことばと祈りに励もうではありませんか。

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