●9月20日(日)礼拝メッセージ要旨(ローマ16:1~16)

 パウロは、これまで、彼に出会い、また協力し、今はローマにいるであろう人々の名を、最後の章であげています。1~16節から、「私の同労者」という題で、ポイントを6つあげます。

 ①ケンクレヤの女性執事フィベ…ケンクレヤはコリントの南東十数キロ地点にあります。フィベは、多くの人を助け、パウロも助けたケンクレヤ教会の執事で、たぶん、このローマ人への手紙を携え、ローマに行くのでしょう。パウロは、ローマにいるキリスト者に、フィベのために必要があれば助けてやってほしいと言っています。ところで、フィベという名には「月、輝き」という意味があるようです。私たちも月が太陽の光を反射して輝くように、キリストの光を受けて、フィベのように輝きたいものです。

 ②プリスカとアクラ…使徒の働き18章によると、ローマからコリントに来ていたアクラとプリスキラは、天幕作りをしていて、同業者でもあるパウロは彼らの家に住み込んで仕事を手伝い、安息日には会堂で話しました。自然に二人はキリストを信じるようになったのでしょう。ローマに戻ったプリスカとアクラは、そこで家の教会を開いていたようです。ですから、パウロにとっては、同業者であり、また、主にある同労者でもあったのです。

 ③アンドロニコとユニアス…この二人は、かつてパウロと一緒に投獄されたようです。もちろん、福音宣教のゆえに投獄されたのでしょう。推測ですが、たぶん、投獄のターゲットになったのはパウロ一人だったでしょう。アンドロニコとユニアスは、パウロを見捨てないで、彼から離れないでいたので、彼らも投獄されたのではないかと思います。彼ら二人は使徒たちの間でよく知られている人たちだったようです。私たちも、目の先の損得でコロコロと自分を変えるような者ではなく、一貫性を持った裏表のない者でありたいと思います。

 ④主にあって労している人…ツルパナとツルポサは、主にあって労している人たちであり、ペルシスは、主にあって非常に労苦した人であると言っています。主のために、そこまで労苦する動機はどこにあったのでしょうか。ある読み物に、こんなジョーク記事がありました。ある富豪が珍しい愛犬を逃がしてしまい、新聞社の広告に「自分の愛犬を見つけた人には300万円お礼します」と出した。数日して、新聞社の広告係に問い合わせに行くと、担当者は全員不在とのこと、依頼主が行き先を尋ねると、彼らは必死になってその犬を探し回っているとのことでした。マタイ13:44には「天の御国は、畑に隠された宝のようなものです。人はその宝を見つけると、それを隠しておいて、大喜びで帰り、持ち物を全部売り払ってその畑を買います。」とあります。「天の御国」、また、そこに至るための「福音」の価値の大きさを知ることが、主にあって労苦するための原動力となるのです。

⑤彼と私との母…パウロは、ルポスの母のことを「彼と私の母」と言っています。たぶん、パウロはルポスと良い交わりをし、もしかしたら、ルポスの家に行き、彼の母から厚い接待を受けたのかもしれません。そればかりか、彼女から温かい言葉を掛けられ、慰めと癒しを感じ、まるで実の母のように思ったのでしょう。キリストは十字架上で、一人の弟子の側にいる母マリヤに向かい「女の方。そこに、あなたの息子がいます」と言われました。その弟子には「そこに、あなたの母がいます」と言われました。すると、その弟子は、彼女を自分の家に引き取りました。キリスト者同士、この世の血縁関係以上の良い関係を築いていきたいと思います。

 ⑥互いにあいさつを交わしなさい…昨今は、コロナ渦で、握手もハイタッチも控えていますが、手を触れなくても、あいさつはできます。あいさつは義務とか命令されてするものではありませんが、互いに声を掛け合い、安否を問い合うということは良いことです。ヨハネ15:12には「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。」とあります。あいさつのように、たった一言だけでも、励まされるものです。互いに祈り合い、また声掛けをし、愛を示していきましょう。

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