●2021年4月11日(日)礼拝メッセージ「御霊の賜物」 

第一コリント12:1~10から「御霊の賜物」という題でポイントを3つ上げていきます。

「御霊による信仰の告白」(1~3節)…かつて、筆者はクリスチャンから見れば異教徒に属する者でした。子どもの頃の記憶ですが、神社での行事やお寺を会場にした行事に参加したことがあります。そのほか、世の風習に従い、今では決してしない偶像礼拝となるような行動をしました。それは確固たる動機からではなく、世の流れに流されていたに過ぎません。しかし、ちょうど45年前の4月に、その頃、先にクリスチャンとなっていた母の葬儀が終わった夕方、イエス・キリストを信じ受け入れました。そのとき、聖霊による著しい喜びと安心感を体験し、それが落ち着いた形で今日まで続いています。ですから、私たちが教会に連なり、聖霊の臨在を信じて聖霊に関わるということは、非常に大きな祝福であり、幸いなことです。第二コリント6:15には「キリストとベリアル(サタンを指すヘブル語で無価値の意)とに何の調和がありましょう」とあります。私たちは、本当に価値あることに関わることを求めてまいりましょう。

「御霊による奉仕と働き」(5~6節)…奉仕について、具体的にローマ12:6~8には「 私たちは、与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っているので、もしそれが預言であれば、その信仰に応じて預言しなさい。奉仕であれば奉仕し、教える人であれば教えなさい。勧めをする人であれば勧め、分け与える人は惜しまずに分け与え、指導する人は熱心に指導し、慈善を行う人は喜んでそれをしなさい。」とあります。働きついてはエペソ4:11に「こうして、キリストご自身が、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を伝道者、ある人を牧師また教師として、お立てになったのです。」とあります。奉仕と働きの明確な線引きは出来ませんが、いずれにせよ、それらは教会の益となるために同じ一つの御霊が与えて下さっているものです。

「御霊の現われ」(7~11節)…御霊の現われとして、「知恵のことば、知識のことば、信仰、いやしの賜物、奇蹟を行う力、預言、霊を見分ける力、異言、異言を解き明かす力」が列挙されています。当時のコリント教会は、こうした賜物に恵まれていたようですが、それらの賜物が健全に用いられないで、却って仲間割れの原因になったようです。本来は、与えられた賜物を用い、互いに謙遜に仕え合うべきでしょう。列挙された賜物は9つですが、ガラテヤ5:22~23には9つの御霊の実が列挙されています。「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」です。御霊の現われよりも御霊の実のほうがはるかに大事です。有名なA社のCEOは4年連続で総資産世界一なのだそうで、なんとその額は19兆円なのだそうです。しかし、ここで、考えてみてください。19兆円と一人の魂の救いとどちらが大きいと思われますか。一人の魂です。クリスチャンはそれぞれに与えられた賜物を用い、滅びに向かっている人に福音を伝え、まことのいのちに与ることができるようにするという使命が与えられています。「私たちの体の細胞一つ一つは大都市のような構造と働きをしています。しかも数十億の細胞がお互いに助け合い、体全体として巨大なネットワークを形成しています。無限の英知と愛が込められた創造主の作品です。」とは、創造論宣教師として立っているT牧師の言葉です。クリスチャンには偉大な主が共にいてくださいます。主からの非常に尊い使命が期待されているのです。エペソ4:7には「しかし、私たちはひとりひとり、キリストの賜物の量りに従って恵みを与えられました。」とあります。キリスト者それぞれに御霊の賜物が与えられているのです。霊に燃え、主に仕えてまいりましょう。

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