●2021年5月9日(日)礼拝メッセージ「すべてのことを適切に、秩序をもって」 

第一コリント14:1~40からです。この章では、御霊の賜物である「預言」と「異言」に対する用い方について、記者パウロは丁寧に述べています。この二つの賜物だけでなく、全てのことについて適用できるキーワードとなる三つのみことばからポイントを上げていきます。

①「教会の徳を高める」(4節)…預言も異言も素晴らしい御霊の賜物です。預言は、聞く人が理解できる言語で語られます。異言は基本的に理解不能な言語で語られます。ですから、もし、教会で異言が語られる場合、解き明かす人が必要です。パウロは「自分は誰よりも多くの異言を話すが、教会では自分の知性を用いて五つのことばを話したい」と言っています。それは、「教会の徳を高める」ということに目標を置いているのです。先日、当つばめさわ教会のご近所の方からの提供により、足踏み式オルガンを搬入しました。男性四人で、完全に人力で運びました。ふと、マルコ2:3に記されている四人の人が中風を患う人をイエス様のところへ運んだ記事を思い出しました。彼ら四人の目的は、一人の患者をイエス様のところへ連れて行こうという目的で一致していました。オルガン運搬も同じように、丁寧に扱って教会まで運ぶということです。誰か一人がサボっていたら上手に運べません。同じように教会の徳が高められる、言い換えますと、キリストのからだである教会が建て上げられるために私たちは、自分に与えられた賜物を捧げるということです。つまり、その人がクリスチャンなら、さらに成長できるように。また、まだ未信者の方なら、その人が救いを受けられるように心を配るのです。

②「ものの考え方において大人になりなさい」(20節)…子どもと大人の違いはなんでしょう。たいてい、子どもは自分のことだけにしか思いが向かっていかないでしょう。一方、大人は子供に比べると、周囲の人々に対して色々な配慮ができるようになるものです。本日は5月の第二日曜日、母の日です。出エジプト記20:12、申命記5:16、エペソ6:2~3などには「あなたの父と母とを敬え。」とあり、母の日の始まりは、これらのみことばがもとになっています。9月には敬老の日があります。聖書のことばとは直接的に無関係でしょうが、レビ記19:32には「あなたは白髪の老人の前では起立し、老人を敬い、またあなたの神を恐れなければならない。わたしはである。」とあります。母の日、父の日、敬老の日、それぞれ個別に贈り物などをするのは良いことでしょうが、教会ではいろいろな立場の人がいて、配慮しなければならないところがあります。要は、一年に一度のパフォーマンスで終わるのではなく、常日頃、敬うべき人を敬い、恐れるべき方(天の神様)を恐れるということが大事です。

③「全てのことを適切に、秩序をもって」(40節)…基本的に、人間関係を良好に保つためには、関わる人に対して悪口を言わず、むしろ、褒めたり励ましたりすることです。親の立場から、子供を育てるときも基本的に褒めて育てるのが良いでしょう。でも、子供は成長途上にありますから、何でもかんでも褒めるのではなく、間違ったこと、また、悪いことをしたら、戒めることも必要です。もちろん、大人も間違いや悪いこともしてしまいます。そのときは、やはり、その人のために愛をもって(難しいものですが)勧告できたらと思います。でも、たったお一方、どんなときも正しいお方がいます。イエス・キリストの父なる神様です。この方に対し、私たちはいつでも賛美し、ほめたたえるべきです。詩篇には何度も何度も「主をほめたたえよ」とあります。それは、私たちの主への賛美に対して、天の神様もきっとお喜びになっているはずです。イザヤ30:18には「それゆえ、はあなたがたに恵もうと待っておられ、あなたがたをあわれもうと立ち上がられる。は正義の神であるからだ。幸いなことよ。主を待ち望むすべての者は。」とあります。主を賛美する。そして、関わる全ての人に対しては、その人の祝福となるように接していく。そうするならば、私たち自身も主に祝福されるでしょう。は私たちを恵もうと待っておられるのですから。

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