●2021年9月19日(日)礼拝メッセージ要旨「豊かに蒔く者は豊かに刈り取る」

第二コリント9:1~15からです。1~5節で、パウロは、エルサレム教会に対しての献金について、最初はコリント教会から始まり、その後、マケドニヤの教会に伝えたのでした。8章で記されている通り、マケドニヤの教会では、そのことを献身的に取り組みます。ですから、マケドニヤの教会メンバーがコリント教会に同行したとき、さっぱり、コリントではその意識が乏しかったら、パウロが恥をかくことになるので、コリント教会も尽力するようにと、訴えているのです。今回もポイントを三つ上げていきます

①「豊かに蒔く者は豊かに刈り取る」…バプテスト教会連合練馬バプテスト教会名誉牧師の泉田昭(いずたあきら)師が9月16日、89歳で召されたということをクリスチャン新聞で知りました。師は、「聖書を説き、教会を建て、社会に仕えよう」という理念の下に、教会を建て上げ、長く日本福音同盟の理事長をされ、さらには日本キングスガーデン理事長を務め、その働きを牽引してこられました。そのほか社会貢献もされたのでしょう。練馬区政功労賞、東京都政功労賞、厚生労働大臣から表彰も受けています。また、聖書は旧新約、原語で読まれ、その延長で泉田昭訳新約聖書を作ってしまわれました。一時、その新約聖書がギデオン協会で採用されました。私利私欲とか、名を上げようとしてではなく、ただ、与えられた賜物を用いて存分に貢献され、正に豊かに蒔き、豊かに刈り取りをされた生涯ではなかったかと思います。人それぞれ、その器の大きさも賜物も異なります。それぞれに応じて、豊かに蒔く者とならせていただきましょう。

②「その義は永遠にとどまる」…9節は詩篇112篇9節からの引用です。この112篇全体は、「決してゆるがされない人生とは何か」というテーマで記されています。詩篇112:1~6には「ハレルヤ。幸いなことよ。【主】を恐れ、その仰せを大いに喜ぶ人は。その人の子孫は地上で力ある者となり、直ぐな人たちの世代は祝福されよう。繁栄と富とはその家にあり、彼の義は永遠に堅く立つ。主は直ぐな人たちのために、光をやみの中に輝かす。主は情け深く、あわれみ深く、正しくあられる。しあわせなことよ。情け深く、人には貸し、自分のことを公正に取り行う人は。彼は決してゆるがされない。正しい者はとこしえに覚えられる。」とあります。つまり、創造主を恐れ、みことばに従い、人には情け深く、正しく行う人は決してゆるがされないのです。箴言11:24~25には「ばらまいても、なお富む人があり、正当な支払いを惜しんでも、かえって乏しくなる者がある。おおらかな人は肥え、人を潤す者は自分も潤される。」とあります。自分に与えられた賜物をもって惜しみなく与える人は自分も潤される、永遠の祝福に与(あずか)るのです。

③「満ち溢れるようになる」…第一のポイントで泉田昭師のことを取り上げました。やはりクリスチャン新聞で知ったのですが、9月14日には世界最大のキリスト教会の主任牧師(後に元老牧師)だったチョー・ヨンギ師が86歳で召されました。師は韓国の貧民街で開拓伝道を開始され、たましい、経済、健康の三つの祝福、「三拍子の祝福」を提唱されました。そして、教会に訪れる貧しい人たちに、どんなに貧しくても十分の一は聖別して主にささげるよう徹底して指導しました。その通りにした人々は本当に祝福され、経済的に恵まれ、その様子を見た人々がまた教会に押し寄せ、爆発的な教会成長をし、最も多い時で70万人の教会となりました。ガリラヤ湖は、山から水が流れ込み、ヨルダン川に逃げていくので、魚が住むことが出来ます。しかし、死海ではヨルダン川から水が流れ込むのみで生き物が住めません。つまり、私たちに与えられた賜物をとどめておかず、還流させることによって祝福されるのです。そうすることによって満ち溢れていくのです。

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