●11月3日の礼拝メッセージ要旨(マタイ25:1~13)
この25章では、世の終わりと主の再臨をどのように迎えるべきかということについて、三つの記事が記されています。最初の記事、花婿の到着を待つ10人の娘のたとえから三つのポイントで学びましょう。 ①...
この25章では、世の終わりと主の再臨をどのように迎えるべきかということについて、三つの記事が記されています。最初の記事、花婿の到着を待つ10人の娘のたとえから三つのポイントで学びましょう。 ①...
この詩篇は、ダビデの賛歌となっています。ダビデを苦しめる人々に対して、ダビデは、彼らから自分が守られるようにと祈っています。ダビデにとって「よこしまな人、暴虐な者、悪者」とは誰でしょう。ペリシテなどの当時のイスラエルを...
24章前半では、「世の終わりの前兆」という題で学びました。この後半では、「キリストの再臨」ということに焦点をあてて三つのポイントで学びましょう。 ①天変地異…太陽が東から出て西に沈む。私たちは...
●10月13日の礼拝メッセージ要旨(マタイ24:1~28) マタイ24章はイエス様が世の終わりの前兆と再臨について語っている記事です。1~28節からポイントを三つあげて学びましょう。 ①神殿と...
37節に「ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者。わたしは、めんどりがひなを翼の下に集めるように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好ま...
●10月1日の祈祷会メッセージ要旨(詩篇137篇) この詩篇は、バビロンに捕囚となったユダヤ人が、故郷のエルサレムを思い出して、川のほとりで泣いているという内容です。 立琴を奏でる記者が、自分...
イエス様は、パリサイ人や律法学者らに対して「わざわいだ」と何回か言っています。この「わざわいだ」は、ギリシャ語原語で感動詞、あるいは間投詞で、嘆きをあらわす「ああ」というような言葉のようです。13~28節まで、ポイント...
※9月15日礼拝がゲストスピーカーでしたので祈祷会のメッセージです。 この詩篇は、主への礼拝をささげるときに、感謝と栄光を主に帰する交読文として用いられたのではないかと思われます。 1節から9...
パリサイ人や律法学者らとの問答を終えられたイエス様は、群集と弟子たちを前にして、彼らに対する評価を下しています。表向きは善人ぶっていたパリサイ人、律法学者ですが、その実態は偽善者であり、イエス様ははばかることなく彼らの...
パリサイ人、サドカイ人らは、それまで二度、三度とイエス様をためそうと質問を試みたのですが、うまく行かず、最後に律法の専門家によって、「律法の中で大切な戒めはどれですか。」と、質問します。この再三の彼らによる質問とイエス...