2012.5.2祈祷会メッセージ要旨(詩篇77:1~20)

 この詩篇の記者は、1節で、「私は神に向かって声を上げると、神は聞かれる」と、信仰的な告白をしています。しかし、次の2節では「私のたましいは慰めを拒んだ」、3節では「私の霊は衰え果てる」と、信仰的ではなく、すっかり元気を失っています。8節では「主の恵みは永久に絶たれたのだろうか」と言っていて、この記事はバビロン捕囚が背景になっているのかもしれません。さて、この詩篇の最大のポイントは、10節と11節でしょう。記者は10節で、「私が弱いのは主の右の手が変わったからだ。」と、とんでもないことを言っています。全地全能の主は不変であり、変化するような神は、もはや本当の神ではありません。「イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。(ヘブル13:8)」と聖書は言っています。そして、11節では、一転して「私は主のみわざを思い起こそう。」と告白し、そこから、正に信仰のV字回復です。つまり、現実を見て暗く落ち込んでいたのですが、主を見上げ、主がイスラエル人のために行なわれた数々の奇跡を思い起こして、もう一度、信仰に立つことが出来たのです。昔も今も、その人の信仰の通りになります。いつもどんなときも主を見上げ、信仰の言葉、信仰の行動、信仰の人となりましょう。

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