2012.6.10礼拝メッセージ要旨(マタイ4:1~11)

イエス様が荒野で悪魔の試みを受けた箇所から、きょうも三つのポイントをあげて学びましょう。第一は、「人はパンだけで生きるのではない」です。昔、エジプトで奴隷になっていたイスラエル人は、出エジプト後、荒野で水がない、食物が無いということが度々ありました。しかし、天の神様は、その都度、イスラエル人に湧水を与え、天からマナを降らせて、彼らが、神によって支えられ、生かされているということを学ばせたのです。このことは、イスラエル人だけではなく、今日の私たちも同じで、自分で生きているのではない。創造主である神によって生かされているということを知らなければなりません。そして、この神様が与えて下さる聖書のみことばによって、生きるエネルギーをいただけるのです。第二は、「主を試みてはならない」です。悪魔は、神のみことばを用いて、イエス様を誘惑しました。みことばも用い方を誤ると危険です。さて、主を試みるとは、全能の神の存在を疑うことです。私たちは、神を素直に信じ、「主のみこころならば、このことを、または、あのことをしよう。(ヤコブ4:15)」という、へりくだった姿勢が必要です。神のみこころならば、どんなときも神の最善の導きを信じて従う者となりましょう。第三は、「主にだけ仕えよ」です。私たち人間が持つ、生まれながらの性質は、人の上に立ちたい、有名になりたい、多くのものを所有したい、そういった自分自身の栄光を求めるものです。しかし、創造主である神に形づくられ生かされている私たちは、その神の御名が崇められることを求めましょう。「食べるにも飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現わすためにしなさい。(第一コリント10:31)」と聖書は言っています。

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