2012.6.3礼拝メッセージ要旨(マタイ3:1~17)

今日も三つのポイントをあげて学びましょう。第一は、「バプテスマのヨハネ」です。ヨハネは、イザヤ40:3で預言されていた人で、主の通られる道を用意しました。神の御子イエス様を迎えさせるために、人々に心の備えをさせました。それにしても、ヨハネの風貌は世の流れとは無縁で、今日の私たちは、そんな彼の姿勢を手本にすべきではないでしょうか。ヨハネは、彼のもとに形だけのバプテスマを受けにきたパリサイ人やサドカイ人に、歯に衣を着せることなく「まむしのすえたちよ」と言い、悔い改めの実を結ぶように迫ります。第二は、「聖霊と火とのバプテスマ」です。昔も今も、聖霊による力、神様の力が伴わなかったら宣教の働きは不可能です。エペソ5:18には「聖霊に満たされなさい。」とあります。私たちも聖霊を求めましょう。そのためには、そういう環境に自分を置くことです。礼拝出席はもちろん、各種聖会出席、デボーションを通して主に近づき、聖霊充満されて、大胆に主を証しする器とされましょう。第三は、「イエス様のバプテスマ」です。罪のご性質を受けていないイエス様は、本来バプテスマを受ける必要はありませんでしたが、私たちの模範として歩まれるために、あえてバプテスマを受けられました。そのとき、聖霊が鳩のようにイエス様の上に留まられ、天から「これは、私の愛する子、わたしはこれを喜ぶ。」と父なる神様から御声がかかりました。天の父なる神様と御子イエス様は単なる主従関係とは違い、親子のような愛の関係です。ちょうどイエス様と私たちの関係も同じように、愛による関係であり、私たちは、イエス様の愛によって生かされ、また、その(十字架の)愛を人々に証しするのです。

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